本の世界

1/7
34人が本棚に入れています
本棚に追加
/524ページ

本の世界

シルヴィンは、人獣にしてはとてもとても珍しく文字を読むことができる。 と言ってこれは例の山犬が教えたものではない。彼も字は読めなかった。 ことの始まりは、彼が四つの時。 森のはずれを、山犬とともに歩いていた彼は、横倒しになっている馬車を見つけた。 悲惨な状態だった。 おそらく山賊に襲われたものだろう。馬も、乗っていた一家と思われる親子も無残に惨殺されており、金目のものは全て奪われた跡があり衣服さえ剥がれていた。 「酷いことをする・・・じゃがこれを役人に訴えれば、おそらくはわしらのやったものと疑われるじゃろうな。」 実際、そのように人獣が人の誤解によりいわれなき罪に問われることは幾度となくあったのだ。 だが、それでも義侠心に富んだ老いた山犬は、それをそのまま放置するのも忍びないと思い、結局二人で穴を掘って三人の親子の亡骸をその場に埋葬することにした。 犬や狼の人獣の爪なら、スコップなどなくても穴を掘るのはお手の物なのだ。 そして。 「忍びないが、森には食うに困っているものが幾人もおる。馬の亡骸はもらっておこう。シルヴィン、運ぶのを手伝え。」 だが、彼がその時目にしていたものは、無残にも殺された少女が持っていた一冊の厚い本。 シルヴィンが鮮血を浴びているそれを開くと、中には、様々な動物や植物の、丁寧に模写された絵。 そして、それを解説する文字。 「羊皮紙、羊の皮をなめした紙で作った図鑑じゃな。わしらには縁のないものじゃよ。」 だがシルヴィンは、自分が住んでいる世界の他に、もう一つ別の世界をそこに垣間見たような表情でそれに食い入っている。 「・・・・それくらいなら、いただいてもよかろう。」 その時シルヴィンは、自らの掘った少女の墓前で、時折見た、人間が祈りを捧げる姿を真似した。
/524ページ

最初のコメントを投稿しよう!