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私はあれから改めて奥様に言われ、ゆき江様のご実家にご厄介になっていた。
ご実家と言っても、庄之助様お一人でお住まいだった。
「私は小普請組なもので、お上からのお役よりも、内職に勤しんでいる身です」
と豪快に笑われた。
庄之助様の内職をお手伝いしていると、お父様が上役に巻き込まれて改易の憂き目にあい、小普請組になった事や、それが元でお父様が体を壊して亡くなると、お母様も後を追う様に亡くなられた事、自分の代限りで禄を返上しようと思っているので、上役に役職願いを出す逢対日にも、長いこと行って無い事など、ぽつりぽつりと、お話くださった。
その他にも、思いがけないゆき江様との思い出話も多く聞かせて頂いた。
「姉は、ああ見えて、お転婆でした」
「それは、それは、亡くなった父も母も手を焼くほどで、神社の大木に登ったのを見た母が倒れてしまった事もあります」
そう言って面白そうに笑われた。
「姉上、見つかったら又、叱られますよ」
木の下から声をかける私を見下ろすと、姉は、何にも悪びれる様子もなく、
「庄ちゃんも来てごらんなさい、ほら、向こうまで何にも遮るものなくて、ずーっと見渡せるのよ」
って手招きするんです。
私は怖がりでしたから、木など登った事なかったのですが、姉があんまりにも楽しそうで、意を決して何とか登ってみました。
そこで、眩しそうな目をして天井を見上げられた。
きっと思い出の景色を見ていらっしゃるのだなって、そう思った。
「本当にね、何にも遮るものがなくて、瓦屋根が日を受けてキラキラと光って、ずーっと遠くまで見えてね」
感動してたら、姉が言ったんです。
「こんな風に生きて行きたいなって」
まだ十にも満たないのに。
そして、そこでくすっと笑われて、
「結局父に見つかり、降りた順番に二人ともお縄です」
と笑われて、
「その日は夕飯ぬきでした。でも、良い思い出です」
いたずらっ子のような顔をされた。
庄之助様も良い方だと思った。
こんな良いご姉弟を悲しませたと思うと、雇って頂いてるというのに、若旦那様を恨む気持ちが湧いてきてしまって困った。
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