財布

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 二人でいた頃も、寝て食うだけを繰り返す毎日だったが、一度だけ祭りに連れて行って貰った事があった。上機嫌な様子で、手まで繋いでくれたので、このままどこかに売られてしまうのかと思ったくらいだ。    自分にはひょっとこ、おこうにはおたふくのお面を買い、それをつけたまま、大道芸を冷やかし、飴細工を買いするうちに、売られてしまうと思った事も忘れていた。ただ、楽しかった。ただ嬉しかった。 おとっちゃんが笑ってる。 それが、嬉しかった。 「おこう、あれ見ねえ」 指さす先を見れば、若い男が目の前に人を座らせ似顔絵を描いていた。 「描いてもらおうや、」 そう言って手を引かれた。 「せいぜい、良く描いてくれよ」 「そう言われなくとも、いい男だ、お嬢ちゃんも可愛いね」 お愛想だとは分かっても可愛いと言われると嬉しかった。  私はきっと逃げた母親に似てるんだろう、可愛いなんて言われた事はなかった。 それに達三が何と答えたのかは思い出せない。まあ、思い出したところでどうせ、そんな事ねえよ、位の事だろう。
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