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登城している父が倒れたと知らせがあった。
戸板に乗せられて戻ってきた父はその日のうちに息を引き取った。
普段からしっかり者と言われていた母が万事取り仕切り通夜葬儀の手配は抜かりなく進められていく。
口数の少ない父としっかり者の母。冷えているわけではないが、時に事務的でさえある関係に夫婦とはこんなものだろうかと子供心に感じていた。
通夜の人が引けた深更、
他に兄弟がない新之助に付き合うと申し出てくれたは良いが、振る舞い酒に酔い眠ってしまった従弟を起こせるはずもなく、結局一人で寝ずの番をしていた。
「明日は喪主としてのお勤めがございます。母が変わります」
と母が部屋に入ってきた。
「母上こそお疲れでしょう、私は大丈夫です。お休みください」
と言ってみたが、結局母が変わることになった。
気が張っていたので眠れるものではないと思っていたのだが、
いつの間にか眠っていたようだ。
風がひゅっと吹いていく音に目が覚めた。耳をすましてみるとそれは風の音ではなく泣き声であるらしかった。
母が泣いているのだ。
ぼんやりとした灯りのともる部屋に足音を忍ばせて近づいてみた。
「お疲れさまでした。あなた。ありがとうございました、さきは幸せでありました」
そう繰り返して父の顔をそっと撫でながらあの母が泣いていた。
「新之助をお守りくださいませね、そして約束を守ってくださいね。きっとですよ。その時を楽しみに待っております。」
流れる涙を拭く事もせずに母が父に話しかけていた。
新之助はそっとまた足音を忍ばせて部屋に戻った。
翌日、母はしっかり者の妻に戻っていた。
葬儀を済ませ、初七日を済ませ、七日七日の法要も過ぎ、四九日が終わって
新之助は届け出通り片桐の家督を継いだ。
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