約束

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ただ一人空気の読めない、嫌読まない八之助だけがずけずけと訳を聞く。  八之助は一年前に妻帯し、すぐに子が出来た。そんな八之助に新之助はこの問題を言いたくはなかったが、何せしつこい。根負けして事の次第を話した。  八之助はからからと笑った。 笑われた・・・? あまりの事に頭が真っ白になった。 聞き耳を立てていた障子の向こうの同僚たちもあまりの事に言葉を失う。と、一人の男が障子を開けて、八之助に新之助に対して謝れ!と凄んだ。 それは一番初めに新之助に敵意をむき出しにしていた男だった。  自分が怒るより先に、この男が怒ってくれたので新之助は逆に落ち着くことが出来た。  八之助は謝らないと言った。 「俺は養子だ」 と言う。確かに顔体は似てはいないが快活で大らかな気性はそっくりだと思っていたので驚いた。 「あいつも、そしてあいつも養子だ」指さされたものは、急に指さされたことに驚いたようだが、それでも皆首を縦にふった。 「何、子供が出来なけば養子を取ればいいだけの事だ。簡単なことだ」 それは新之助も考えていた、しかし親戚内で争いが起るのは目に見えていた。 百五十石と祐筆の家柄がポロリと手に入るならば自分の家の次男三男をと考える。   「そこはお主が知恵を絞ればいいだけの事」 「世の中難しく考えれば難しくなる。簡単に考えれば答えはすぐだ」 「お主の思った通り言えばよいのだ、片桐の当主はお主だ」 皆が水を打ったように静まり返った後、そうだ、そうだなと声が上がり、次いで負けるなよ、頑張れよと激励されて心が浮ついてしまい、新之助以下お祐筆番はその日仕事にならなかった。 上役も見て見ぬふりで 「こんな日もあってもよかろう」と空ばかりみていてくれた。  下女のはなに聞けば、ちせに対しての嫌がらせは相当のモノだったらしく、親戚の女達までもが我が家で集まりがあった際などにねちねちと、ちせを責めたそうだ。  自分の事にかまけて気づかずに済まなかったと頭を下げると、ちせはおろおろと 「おやめください。私は大丈夫です。家の事などで気にかけてしまいこちらの方こそ申し訳ございません」と新之助の手を取り頭をあげさせる。  部屋の中が嫌にすっきりとしている事に気が付いた。 まただ、また出遅れたと臍を噛む思いだった。 「ちせ、部屋を元の通りに戻せ、今すぐだ、頼む・・・そうしてここで待っていておくれ」 抱きすくめられたちせの喉の奥がきゅうと音をたてた。  新之助が話し合いのために部屋を出たのを見届け、その足で実家に帰る算段をしていた。 しかし、ちせは急いで手紙を書いて外で待っている実家の下男に持たせ一人で帰した。  手紙には父母に対してこの度の事で心痛をかけた詫びと新之助とともに生きていく旨を記した。
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