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季節が冬に向かうと、ゆき江様は段々と横になられる時間が増えて行った。私は誠一郎様を背負いながら、ゆき江様のお世話もするようになった。
天気の良い日は幾分楽なのよと、誠一郎様を膝にのせ、縁側からお庭を眺めたりされていたけれど、少し風が冷たいと、とたんに咳がついてしまい、お辛そうだった。
奥様も良くお部屋にお顔を覗かせられ、ゆき江様を気遣ってらした。
「すみません不甲斐ない嫁で」
「そんな事ありませんよ。誠一郎の為にも、しっかり養生してね」
お庭を掃いていると、お部屋からそんな声が聞こえてくる事もよくあった。
ゆき江様は、舅である旦那様、姑である奥様にも、とても可愛がられてらした。
私も、まるっきりの子供じゃないから、色んな人の断片的な話を繋ぎ合わせて、何となくお家の事が分かりかけていた。
そんなある日、ご夫婦のお部屋から、ゆき江様のすすり泣きが聞こえてきた。
呼ばれるまでは入っては行けない。廊下の隅に座ってお声がかからないかと、やきもきしていると、正一郎様が襖を開けて出てらした。
思わず顔を上げると、パッと目が合ってしまった。盗み聞きしていたようで咎められるかと思ったけれど、何も言わずに立ち去って行かれた。
ゆき江様に呼ばれたのは、それから半刻(一時間)も後だった。
目の蓋を赤くされて、それでも微笑まれ
「ごめんなさいね。取り乱してしまいました。お願いがあるの」
そう言って、抱かれていた坊ちゃまを私に渡されて、文机に向かわれた。
「これを、湯島に届けて貰えるように番頭さんに頼んでもらえる?」
差し出されたのは、一通のお手紙だった。
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