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次の日。
「ちょっとチロ、ムダ毛剃っとけって言ったでしょ!」
「男が全身ツルツルなんか恥ずかしいわ!」
「チッ。露出度MAXの服用意してたのに……」
「姉ちゃん正気か?すぐにバレんぞ!」
「ミニスカートにタイツで手を打つわ。それ以上は譲らない。」
「ああもう…好きにせえや。」
「化粧は薄目でいいわね。チロはすっごくすっごく可愛いから。」
「……自分と同じ顔やろ。」
用意するだけで随分時間がかかった。
女の子っていつもこんなに大変なの?
全身が映る鏡でチェックをして、その仕上がりっぷりに驚いた。
どっからどう見ても完璧に女の子や…これならバレる心配はなさそうだ。
「どうよチロ。私の腕前は?」
「うん。姉ちゃんよりもビジ…ぐはっ!!」
言い終わるよりも前に正拳突きを腹に食らった。
姉ちゃん…結婚したいんだったら口より先に手が出るのをまず治さなきゃダメだろ?
「じゃあねチロ。失敗したら膝蹴りね。」
姉が運転する車で会場の近くまで送ってもらい、姉はそのまま弁護士とのデートの待ち合わせ場所へと向かった。
膝蹴り…冗談じゃなくマジでするんだろうな……
お望み通り一番良い男をGETしてきてやろうじゃねえか。
にしても引っ越してからずっと田舎暮らしだったから都会に来たのは久しぶりだ。
送られてきた招待状の地図を見ながらキョロキョロと歩いていたら、前から来た人と肩がぶつかってしまった。
「わりぃ…じゃねえ、ゴメンなさいっ。」
相手から突っ込んで来たように思えたのだが一応謝ったのに、男は眉をしかめながら顔を近づけてきた。
「痛いなぁこれ骨折れたわ。慰謝料払ってくれる?」
なんだこの典型的なイチャモンのつけ方は……
一緒にいた仲間二人も俺を囲むようにして立ち、金払えだのなんなら体で払うかだのと脅してきた。
別にひん剥いてくれてもいいけど、自分らの想像にあるものが無くて、無いものがあるから驚くと思うぞ。
せっかく女の子らしく謝って済まそうと思ったのに。
俺は右足を膝と水平に真横に持ち上げ、つま先を高く蹴り上げた。
男がヘナヘナと地面に尻もちをついたが当ててはいない。
鼻先をかすめるように横蹴りしてやったので、ビビって腰が抜けたのだろう。
「鼻か肋骨か…それとも頭蓋骨か。ホンマに骨折ったるから一個選べや。」
姉ちゃんには敵わないが俺も空手の黒帯だ。
男三人は化け物でも見たみたいに悲鳴を上げて逃げていった。
くっそ腹立つ。ああいう数で弱いもんイジメするやつがいっちゃん嫌いやっ。
「凄いね君。強い。」
横から話しかけられたので見ると、高そうなスーツを着こなし、短めの髪にピンパーマをかけた爽やかな青年が立っていた。
なにやら片手で鼻頭を抑えている。
「なんやてめぇ…見てたんやったら助けんかいっ。」
怒りが収まらない俺は、ついドスの効いた大阪弁で悪態をついてしまった。
おっといけない。女の子がこんなんでパーティに参加したら男がみんな逃げちまう。平常心、平常心。
……ってあれ?
俺、靴どこいった?
「助けようとしたんだけどね…靴が、飛んできたんだ。」
さっきの青年が俺のローファーの靴を持っていた。
どうやら蹴り上げた時にすっぽ抜けてこの人の顔面にクリーンヒットしたらしい。
よく見たら鼻血を出している。大変だっ!
「ご、ごめんっ!手当て!病院っ!」
「病院は大袈裟だな。キーゼルバッハ部位が傷付いただけだから。このまま小鼻を15分ほど圧迫してたら止まるよ。」
はい?キーゼルバッハ?
なにその専門用語……
「……もしかしてお医者さん?」
「うんそう…あっゴメンね。キーゼルバッハってのは鼻中隔の前下端部の粘膜の部位で鼻血の好発部位なんだ。」
いや、余計わからんし。
「……もしかして婚活パーティーに参加とかします?」
「うん。知り合いから人数が足りないからどうしてもって呼ばれたんだ。もしかして君も?」
しまったあ!!
姉ちゃんには大阪弁は封印してしおらしく振舞えって言われてたのにっ!
全く逆のことしてんの見られてもうた!!
「すいません…今見たことはナイショにしててもらっていいですか?」
今さら手遅れなのだが、猫を被ってお願いしてみた。
すると彼はニコっと笑って空いている方の手で俺の手を掴んだ。
「時間がないから急ごうか。」
すっごくさり気なく手を握られてしまった……
これが大人の男の恋愛スキルってやつか?
鼻血が出てる状態なのに、さっきから爽やかなイケメンオーラしか感じられない。
それになんか…大きくて温かい手だな……
歩きながら繋がれた手を見つめていると、急にギュッと力が込められドキっとした。
「着いたよ。このビルの地下みたいだね。階段の段差がきつくて危ないから手をよく握ってて。」
「あっ…はい。」
チンピラ三人を軽く追い払った女なのに…その青年はお店に入るまで優しくエスコートしてくれた。
まるでお姫様みたいな扱いに、妙にソワソワしてしまった。
店に入ると相談所のスタッフが受付にいて、別々のテーブルに案内された。
青年が座った方を見ると、同じテーブルにいた女性が早速話しかけていた。
いかにもモテそうなタイプだもんな……
とりあえず鼻血は止まったみたいで良かった。
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