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「拓也とは医学部で同じだったんだ。悪いやつではないんだけど女癖が悪くてさ。ゴメンね。」
「……ボッコボコにはしてないんですけど。」
「ああ言っとけばもう近付いては来ないでしょ?それとも、拓也のこと狙ってた?」
「まさかっ!あんなどスケベ野郎!!」
シュウは楽しそうにケラケラと笑った。
無邪気な顔して笑うんだな。八重歯の見える口元が幼くて、とても医者には見えない。
シュウのプレートを見ると、四ノ宮 修介(28歳)救命救急医と書かれていた。
これって医療系ドラマでよくやってる、交通事故や突然病気で倒れた救急車で運ばれてくるような緊急患者を治療してるってことだよな?
一刻を争う命の現場で働いてるんだ……
「コンシェルジュってどんな仕事なの?」
「コンシェルジュ?」
はっと思って自分の胸のプレートを見た。
俺の姉の仕事はホテルのコンシェルジュだ。
実は俺も良くわかっていない。
「それって客のわがままに応えるだけのなんでも屋ってのですよね〜。」
シュウを狙っているのであろう、23歳、読モの女が話しに割って入ってきた。
「なんか小間使いって感じ?可哀想〜。私はそんな仕事絶対ムリ〜。」
これってマウンティングってやつだな。女って怖〜。
まあ可愛い子だし、反撃的なことをしたくはないんだけれど、姉が誇りに思っている仕事にケチをつけられたのは面白くない。
「そう、ですね…こないだ8歳の女の子が、今日はお母さんの誕生日なのにプレゼントを家に置き忘れてしまったと相談しに来たんです。」
姉は酒を飲みながら仕事であったことをよく俺に話してくれる。
姉は、じゃあプレゼントを一緒に作ろうとその女の子に言い、近くの砂浜まで小さな貝殻を拾いにいった。
そして集めた貝殻にワイヤーを通して貝殻のネックレスを作ったんだ。
「お母さんは涙を流しながら喜んでくれました。私の仕事は…旅の思い出に彩を加える手助けをすることだと思っています。」
読モ女がばつが悪そうな顔をして下を向いた。
全部姉からの受け売りなんだけど、なんか可哀想なことしちゃったかな……
「良い話だね。君は人の世話をするのが好きなの?」
シュウが目を細めながら俺に尋ねてきた。
「はい。12歳離れた弟がいて赤ちゃんの頃から私がよく面倒を見ていたので。きっとそのせいかな。」
「……弟がいるの?」
「もう姉弟そっくりで。弟が10歳の頃に私は一人暮らしを始めたので五年間ほど離れ離れだったんですが……」
コンシェルジュという夢を叶えた姉は職場が遠かったため家を出た。
俺はその時どんなに悲しかったか……
空っぽになった姉ちゃんの部屋で何日も泣いた。
両親が海外に行くことになってまた姉と暮らせるようになったのだけれど、素直には喜べなかった。
仕事が忙しかった姉はろくに実家には帰って来なかったし、俺は15歳という微妙な年齢になっていたからだ。
「五年ぶりなのに、駅まで迎えにきてくれた姉は人目もはばからずに俺のことを抱きしめてくれたんです。あれは嬉しかった。」
小さい頃と変わらぬ姉の温もりを感じ、涙が出た。
身の回りの世話は全部私がするから、チロは高校生活を目一杯楽しみなさいって言われたっけ……
……って。視点が俺になってる!
「のようなことを弟に言われたんです!」
やっべ。うまく誤魔化せただろうか……
「弟さんて今は17歳か。名前は?」
「千尋だけど、みんなからはチロって呼ばれてます。」
「チロ君か…ふ〜んいいなあ。僕もそんな可愛い弟が欲しいな。」
シュウが俺のことを熱っぽい目で見つめてきた。
ヤバいぞ…なんか勘づかれたか?
変な汗が出そうになっていると、鞄の中のスマホが鳴った。見ると姉からだった。
「すいません。ちょっと電話してきます。」
姉ちゃんナイスタイミングっ。
俺が席を立つとすぐに塾講師の女性が座った。
あの人もシュウ狙いなんだ……
てかあの6人掛けのテーブル、シュウ以外全部女だし。
シュウとカップリングになるのは難易度高そうだな……
ふと横のテーブルを見ると野郎ばっかりだった。
他の無難な人を探した方が良いような気がしてきた。
「もしもし姉ちゃん?」
俺は相談所側が用意していた個室の中で姉からの電話を取った。
この個室は二人っきりで話がしたい人達が利用する部屋で、防音はしっかりしている。
「どうチロ。良い男GET出来そう?」
「まあボチボチ…姉ちゃんの方は?」
「裏拳食らわしてやったわ。」
なんでやねんっ?!
空手の試合ちゃうよな?デートだよな?
「だってあの弁護士。チロのことを甘えてるだとか今すぐ独立すべきだとか抜かしやがったんだよ?腹立ってさ〜。」
「……姉ちゃん……」
姉は俺が結婚するまで面倒を見ると豪語している。
自分が先に結婚しても、自分と旦那と俺の三人で暮らせば良いと思っているのだ。
俺はさすがにそれはムリって言ってるのに。
完全にブラコン入ってるよな……
「とにかくこっちは玉砕したから。チロ頑張ってね〜。」
「あ、待って。今からでも……」
今からでも代わろうと言いたかったのだが、電話は切れた。
姉ちゃん…酒飲んでそうな感じだったな。
酔っ払った姉はすぐに手が出る。今さら交代するのは無理っぽいか……
姉が結婚出来ないのは俺が原因でもあるんだよな……
シュウのこと。
諦めようかと思ったけれど、姉ちゃんのためにもやるだけやってみるか──────
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