こちら裏道郵便局

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佐倉(さくら)愛之助、到着しました!」 「あお」  奇妙な返答をしてきたのは、俺のアルバイト先である裏道郵便局(うらみちゆうびんきょく)、第三北関東支店職員のアオさんだ。  裏道郵便局はその名の通り裏道だけに入口のドアがあり、開ければ中には雑然とした事務所がある。窓もなく、大して広くはないが、職員はアオさんが一人と、あとはアルバイトが数人入るだけなので、狭いとは思わない。  そのアオさんが、明らかに人間ではない。アオさんというのもあだ名で、その名のとおり頭から指の先まで、絵の具の青色のように真っ青なのっぺらぼうだ。眼鼻や口もなく、いったいどこから声を出しているのかもよく分からない。妖怪とか化け物というよりも、ほぼ動くオブジェといった風情だ。 「速攻で仕分けて、すぐ出ますんで! 俺のオーウェン号、空いてますよね?」 「あお」 「よかったー、走ってきたかいがあった!」 「あお」  アオさんの声には、「あれ別にお前のじゃないしオーウェン号って名前でもないけどな」という突っ込みの響きがあったが、気にしないでおく。  他のアルバイトが来る前に俺は手早く着替え、裏道郵便局の制服に身を包む。細いオレンジのラインが入った、漆黒の上下だ。  俺は自分のデスクにつくと、すぐに手紙の仕分けを始めた。  裏道郵便局は、普通の人の目には見えない。ドアを見つけられないから、事務所に入ることもできない。  そして集まる手紙も、ここに勤めていない人間には見えないし、触れることもできない。切手も封筒もない、便箋だけの手紙の群れ。これは、ここの裏道郵便局が管轄している地域の人々の、それぞれに抱えている「想い」が結晶化したものだ。  ひとつひとつの裏道郵便局が受け持つ地域は、普通の郵便局に比べてかなり広い。たとえばこの第三北関東支店では、ここから電車で一時間近くかかる俺や澄香の住む町まで管轄している。なお、給料はどこから湧いて出るのか、現金の手渡しだ。  俺は手紙の仕分けを終えると、集配カバンになるべく丁寧にそれを詰め、「行ってきます!」と立ち上がった。 「あお」  ドアの内側、すぐ脇に数台の自転車が停められている。俺はオレンジ色をした一台、オーウェン号にまたがると、そのまま片手でドアを開けた。 「あれ、愛之助くん早いね。行ってらっしゃい」  ちょうどドアの外側にいたアルバイト仲間の関口(せきぐち)に「おう!」と答えて、俺はペダルを漕ぎ出した。  この制服に身を包んでいる間は、俺の姿は人から見えない。それはつまり、車やバイクも俺を見つけてくれないし、下手をすればはねられてしまうということでもある。  だから、裏道郵便局員はこうする。  俺は思い切りハンドルを引き上げ、ペダルを強く踏んだ。オーウェン号が、地面から離れて、宙に浮かぶ。  滑走路のような裏道から、表通りに出る。俺は瞬く間に、周囲のどの建物よりも高く、空に浮遊した。  電信柱が、雑居ビルが、どんどん目下に遠くなる。風が頬を撫でていく。 「さあ、仕事仕事ッ」  俺は最初の手紙の届け先に向かって、自転車を漕ぎ出した。
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