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『那央、大丈夫? 横になってて。水持ってくる』
『いや、横になると気持ち悪い……』
『吐いて来なよ。その方が楽になるから』
『……耐える』
『えっ、無理しない方がいいって』
那央に肩を貸して部屋のベッドに寝かせた。水を飲んで多少は落ち着いたのか、呼吸の乱れは先程よりも軽くなっている。
ベッドのそばで那央の額をそっと撫で続けていると、那央は虚ろな視線を私に向けて呟くように言った。
『ねぇ、希さん……』
『ん? どうしたの?』
『今、好きな人っている?』
『え? 那央だよ』
『……ホント?』
『うん。那央が一番好きだな』
『じゃあ……』
那央はそこで言葉を止め、静かに目をつぶって首を横に振った。少しの沈黙のあと、那央がまた弱々しい声で呟いた。
『私も、希さんのことが好き……』
『うん。嬉しいよ』
『でも……、希さんの好きとは違うかも』
『……ん?』
『いや、何でもない。この先もここに住んでくれる?』
『うん。もちろん』
『だったらそれでいいや。うん』
ーーあれは多分、私への愛の告白だった。その後も、ちらほらとそれを窺わせるような言動が見て取れた。
だけど那央は決定的なことを言わない。言わないでいてくれるのをいいことに、私は今の居心地のいい環境に甘んじている。
「……あの、藤沢課長?」
そこでふと、隣の五十嵐さんの存在を忘れて回想に耽っている自分に気付いた。五十嵐さんは私の顔を覗き込むように見つめている。
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