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「藤沢課長? 酔い回ってますか?」
「……あぁ、いや、ごめん。ちょっと考え事してた」
「やっぱり酔ってますねぇ。彼女さんのこと?」
「いやまぁ、実はさ……。相手の方はそういう気持ちみたいなんだよね」
つい、口を滑らせてしまった。五十嵐さんが私の話に全く引くような素ぶりを見せないからだろう。
今の若い世代はこういうことに抵抗のない人が多いのだろうか。
「ん? 課長のことが好きってことですか?」
「あぁ、うん……」
「課長は違うんですか?」
この言葉に、少しだけ胸が騒いだ。
那央への想いが特別なのは自分自身がよく分かっている。そしてそれは恋なのかと自分の胸に問い掛けると、胸はその答えを曖昧にして黙り込んでしまう。
「分かんないの。もちろん好きは好きなんだけど、なんか……そこまで踏み込めないっていうか」
「女性だから?」
「……なのかなぁ。正直申し訳ない気持ちはあるよ。ずっと我慢させてるってことだしね」
「同居歴どれくらいですか?」
「4年」
「絶対浮気してますね。周りがほっとく訳ない」
「それならそれでいいんだよ。最終的に私のところに帰って来てくれれば。……っていうかそもそも付き合ってる訳じゃないから浮気じゃないよね」
“浮気”に思い当たることがない訳ではない。
那央は仕事柄出張が多く、長い時は1週間ほど家を空けることがある。
那央が出張の予定を話すのを聞いていると、時々その言動や日程になんとなく違和感を感じるのだ。
それに、五十嵐さんの言う通り、那央の容姿は人を強力に惹きつける魅力がある。そして人と接する機会が多い。普通よりも周りからの誘惑は多いはずだ。
それに対して何も思わなかったと言えば嘘になる。那央が不自然な言動を見せるたびに、誰かに那央を奪われてしまうんじゃないかと不安に苛まれた。眠れぬ夜を過ごしたことも一度や二度ではない。
これは嫉妬だと自分にも分かっている。それでもその不安を私から口に出すことは出来なかった。
「でも他の人に取られるのはイヤなんでしょ?」
「イヤだよ」
「課長ワガママ〜。私が横取りしようかな」
「やめて。困る」
「いや、冗談抜きでそれワガママだと思いますよ。課長にその気がないなら解放してあげなきゃ」
「同居解消ってこと?」
「そう。だって相手は課長が好きだから同居してるんでしょ?」
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