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帰りのバスの中で一人考え込んだ。
自分の本当の気持ちに気付いたからといって、今更那央にどう伝えたらいいのだろう。
これまでにも散々『好き』という気持ちを伝えて来た。今更それとは違う『好き』を言葉で伝えたところで冗談だと思われてしまうかも知れない。
答えを出せないまま、ふと気付くと降りるバス停に到着していた。そして自宅に到着するまで結局答えを出せないままだった。
「ただいま」
「あ、希さん。おかえり」
「帰ってたんだね。お疲れ様。ご飯食べた?」
「帰りに食べて来たよ」
21時過ぎに帰ると、一昨日から出張だった那央がリビングのソファーでテレビを観ていた。
白いワイシャツの袖を捲った姿は一見華奢な男性に見える。見慣れた姿のはずなのに今日は見え方が違う。
鼓動を強める胸を押さえ、その姿に吸い込まれるように那央の隣に座った。
何も知らない那央は、隣に座った私に「はい、お土産」と言って笑顔でお菓子を差し出す。
「那央、今までごめんね」
「ん? ……なに?」
那央は少し不安そうな顔をした。私の言葉から何を感じ取ったのか、それを気にしている余裕は今の私にはない。
「那央、あのさ……」
「ん?」
「あとで私の部屋に来て」
言うべき言葉が見付からず、とりあえずこう伝えるのが精一杯だった。
すると、那央が更に不安げな表情を見せた。何か勘違いさせてしまったのだろうか。
「えっと……。なんか絶望的な話?」
「え、絶望的って?」
「いや、同居やめるとか」
「違うよ。そんなこと考えてない」
「……良かったびっくりしたー。やめてよ心臓に悪い」
那央は少年のような笑顔を浮かべ、胸に手を当ててホッとした様子を見せた。
胸が跳ねる。この笑顔は心臓に悪い。
「で、どうしたの?」
「那央と一緒に過ごしたくて」
「えっ、いや……別にいいけどさ。どういうこと? なんか今日希さん変じゃない?」
「えーと……、今更どう言ったらいいのか分かんないんだけど」
ここまで来てもまだ言葉を探ってしまう。那央の目を見つめることしか出来ない。
その綺麗な瞳に吸い込まれそうな感覚に陥り、気付くと私は、そのまま那央の首に腕を回していた。きっと私はまだ酔っている。
「……え、希さん?」
細い身体は意外なほど柔らかい。
もう、言葉に出来ないなら、このまま行動で伝えてしまえばいい。きっと那央は拒絶しない。
少しずつ身体を密着させ、首筋に顔を埋めると、那央の両腕が私の腰を強めに引き寄せた。胸に感じる強い鼓動は私のものなのか、それとも那央から伝わってくるものなのか。
一度身体を離し、至近距離で那央の目を見つめた。きめ細かな白い肌に右手で触れ、その手を首筋へ滑らせる。那央は視線を逸らさない。
少しずつ視界が暗くなる。
そして目を瞑った瞬間、柔らかな感触が唇に重なった。
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