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優衣はテーブルを挟んだ向かいで顔を伏せたまま黙っていた。
逃げ出したくなるくらい空気が重い。でも私は優衣が口を開くのを待った。このまま私のペースで一方的に伝えるより、優衣の気持ちの整理が付いてからの方が受け入れてもらい易いと思ったからだ。
「……で、どうしたの? また私を抱きに来た?」
そしてようやく、優衣の言葉が重い空気を変えた。でもまだやっぱり重いものは重い。
「いや。もうできない。ごめん」
「そう。だったら今度でもいいよ。なんなら今日泊まってく?」
優衣はどうしても私を手放したくないようだ。ここまで人に執着する優衣は見たことがない。
私も別れを告げるのは苦しい。だけどここでまた自分に甘えて流されてしまったら、希さんに胸を張って交際の申し込みなんか出来ない。最終目標のプロポーズにはまだ遠いけど、心意気はプロポーズと変わらないのだ。
「実は、彼女と付き合うことになったんだ。だからもうそういうことは続けられない」
覚悟を決めてこう伝えると、優衣は悲しみと諦めの混じったような複雑な表情を浮かべた。契約関係である以上、これを突き付けられたら優衣も認めるしかないだろう。
「そ、そっか……。うん、だったら仕方ないか」
「ごめん、一方的で」
私は優衣から視線を逸らし、そのまま立ち上がって優衣に背を向けた。これ以上ここに留まったら悲しくなる一方だ。
「待って、那央さん……」
「ん?」
「あのさ……、あの、これからも会える? 会うだけなら……」
「……いや、もう会えない。ごめん」
「待って……! イヤだよ、会えなくなるのはイヤ……!」
もう私も泣きそうだった。嫌いになった訳じゃない。愛はなくても情はあるのだ。
後ろから抱き付かれ、そして泣かれた。
私は必死に縋り付いて来る優衣の手を握り、涙を堪えて言葉を絞り出した。
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