運命のセミナー

3/12
613人が本棚に入れています
本棚に追加
/128ページ
「三浦さん」 「はい?」 「気を付けてね」 「え?」 「あなたちょっと目立つから、研修先でヘンな人に目を付けられないように。またストーカーみたいなのが来たら手に負えないわ」 「……あ、はは。はい。その節はすみませんでした」 「まぁ、また何かあったら私がヒネるけどさ。じゃ、来月よろしくね。泊りがけで2日間だから」 私が今ここでバイヤーとして働いているのはこれが主な理由。元々は店舗の販売員として雇われた身だったのに、ちょっと危ないお客様からの謂れのない苦情(好意をあしらわれた腹いせ)によって裏方に回ることになった。 異動の話が出た時、最初は自分に交渉事なんか務まるのかと不安だったけど、チーフバイヤーのアシスタントとして同行しながら修行して、最近ようやく独り立ちできた。 とは言っても、今のところ私が担当しているのは、店と契約している花卉(かき)農家との形式的なやり取り程度。大きな商談や新たな契約先の開拓はベテランの仕事だ。 私は元々一匹狼気質で一人旅には慣れているし、一応英語も喋れるから海外出張の時は重宝される。この仕事に就いてから、実はこちらの方が天職だったことに気付いた。 「三浦さん、おはよう」 「おはようございます」 「水やりありがとう。今日は天気いいわねぇ」 「ですね。久しぶりに太陽見ました」 水やりを粗方終えた頃、先輩たちが続々と出勤してきた。みんな人柄が良く、若手社員の私を可愛がってくれるから仕事がやり易い。 ホースを巻き取って事務所へ向かおうとした時、チーフバイヤーの本間(ほんま)さんがこちらへ向かって来た。 本間さんは私の上司に当たる40代女性。歳を感じさせない若々しい人。私の師匠であり、目標にしている人でもある。 「おはようございます」 「おはよう。今日は店にいるの?」 「はい。この先はしばらく出ない予定です」 「じゃあ後で作って欲しい書類があるんだけど、時間大丈夫?」 「大丈夫です。……あ、一つだけ仕事片付けてからでもいいですか?」 「助かる。急がないからいつでもいいよ」 この店では店頭での販売の他にネット販売もやっていて、裏方仕事には事欠かない。出張の予定がない時はパソコンに向かって事務仕事をしたり、受注したフラワーギフトのアレンジメントを手伝ったりしている。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!