運命のセミナー

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ーー 背筋を伸ばして講師の話を聞く。 右手に持ったシャーペンは一応動いてはいるものの、資料に書いているのは講義とは全く関係のない落書き。 小さい頃から学校の勉強があまり得意じゃなかった私は、授業中にいつもこうして教科書に落書きばかりしていた。 でも逆に興味のあることに対する集中力はすごい。専門学校に入ってからは人が変わったように真面目に勉強するようになった。 そういえば、店に帰ったらレポートを出せとか言われてるんだった。 それを思い出して改めて背筋を伸ばした。学生みたいなことをしている場合じゃない。 気を取り直して今度は本気で講師の話を聞く。 『管理職セミナー』という堅苦しい響きから、もっとガチガチな小難しい話ばかりなのを覚悟していたのに、案外コミュニケーションとか心理学とかその辺に重点を置いた親しみやすい話が多かった。これなら普通にレポートにまとめられそうだ。 昼の12時を迎え、ひとまず昼休みということで午前の講義が終了した。一息ついてスマホを見ると店長からメールが入っていた。 『お疲れ様(^^)レポートすぐじゃなくていいわよ(^^)』 顔文字が古臭くて1人で笑ってしまった。 『お疲れ様です(^^)承知しました(^^)』と返信してビル近くのコンビニに走り、おにぎりを3個購入して会場に戻った。一応飲食オッケーということで、参加者の何人かがここで食事をしていた。 そして午後の講義が始まった。 眠気と戦いながら背筋を伸ばし続け、約1時間後に講師の話がひと段落したあと、何やらクジ引きでグループを作るという話になった。 席を立ってそれとなく参加者たちを見渡し、朝にドアの前で挨拶を交わしたあの女性の姿を探した。 視界に入った彼女の姿をさりげなく目で追う。講師が用意したクジを1枚引き、『D』と書かれたメモ紙を持ってDグループの席の前に立った。 すると、あの女性がこちらに近付いて来た。彼女も同じDグループなのだろうか。 女性が私の目の前で立ち止まった時、クールに無表情を貫いていた私の顔が一瞬緩んだ。コソッと手元を見ると、メモ紙には『D』と書かれている。私は思わず女性に声を掛けた。 「Dですか?」 「はい。よろしくお願いします」 「こちらこそ。女性が一緒でなんか安心しました」 優しく微笑んだ彼女に胸がときめいた。こんな感情何年ぶりだろう。やっぱり私は女性にしかときめかないようだ。
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