いけない再会

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優衣のあの言葉にはっきり答えなかった私は一体なにをどうしたかったのだろう。頭の中をごちゃごちゃさせたまま真っ暗なバス停で1人ポツンとバスを待った。 そして気付いたら目の前にバスが到着していた。ため息をつきながらバスに乗り込み、まだ少しぼんやりした状態で腕時計を見た。 今は21時過ぎ。多分もう希さんは家に帰っている。一体どんな顔して会えばいいんだろう。ずっとそればかり考えていたら降りるバス停を1つ通り過ぎてしまった。 「あ、お帰り。楽しかった?」 「……うん。久しぶりに会ったからね」 「ん? ……どうしたの? 元気ないけど」 希さんの顔を直視したことで後ろめたさが増し、無理矢理テンションを上げることすらできなかった。もはや焦って言い訳をする元気すら残っていない。 「いや、笑いすぎて疲れちゃって。今日はもう寝るよ。シャワー浴びてくるね」 脱衣所で服を脱ぎ、洗濯かごに服を入れようとしてハッと手を止めた。服を鼻に近付けるとほんのり優衣の香水の匂いがした。 希さんに気付かれただろうか。私は香水を使わないから、もし匂いに気付いていたら怪訝に思っただろう。 いや、多分この程度なら気付かない。 勝手にそういうことにして心を落ち着けることにした。 そして浴室で自分の姿が鏡に映ったのを見た時、急にあることに気付いて身体の隅々を確認した。キスマークらしきものが残っていたらマズい。希さんに気付かれて突っ込まれたら言い訳できない。 とりあえず確認した限りではキスマークは見当たらなかった。もし見落としがあって希さんに見付かったら『タコパでタコが飛んだ』とごまかすことにした。気にしすぎて疲れる。 でも、よく考えたら私がどこで誰と何をしようと自由だ。私と希さんは恋人契約を交わした訳ではない。だから私の今回の行動は別に浮気ではない。 そう考えなければ気持ちが収まらなかった。私は平気で浮気できる器用なタイプではなく、一途に1人の人だけを想い続ける不器用な人間だ。 それでも優衣を拒絶できなかったのは、多分心のどこかで満たされないものを感じているからだ。私は自分が思っていたよりも弱い人間だったらしい。
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