愛とは

3/7
前へ
/128ページ
次へ
「あぁ、やっと聞いた? 店長がいつ伝えるのかずっと様子見てたんだけどさ」 「本間さんが伝えてくれても良かったのに」 「いや、あの人なりに何か考えがあるのかと思って。でも単に忘れてただけなんだね。今度キツく言っとく」 これはまずい。店長がまたしょんぼりしてしまう。何か言い訳をしなければと考え始め、その直後にやっぱりやめた。どうせ私は店長にとってついでの存在なのだ。私から一方的に愛を与える必要はない。 「でも、急にどうしたんですか? 大変な仕事って……」 「そろそろ今の仕事にも慣れて来ただろうし。あとなんかさ、最近三浦さん落ち着いたからね。だから任せても大丈夫な気がして」 何か大きな誤解をされているようだ。私が落ち着いて見えるのは単に色恋沙汰が省エネモードに入ったからに過ぎない。 でもこれはチャンスだ。上手くやれば昇進に繋がる。これで希さんに一歩近付くことができるはずだ。 「でさ、三浦さんに何をやってもらうかっていうと……」 本間さんの話はこんな感じだった。 ・とりあえずなんでもいいから好きな植物の種類を選ぶ ・その種の特別コーナーを店内に設け、仕入れの判断から入荷後の管理まで全て私が担当する ・神尾氏に助手になってもらい、私が不在の時は彼に管理を任せる ・そのコーナーの売り上げによって特別報酬を出す 要するに小さい店を1人で切り盛りしろということだ。本間さんの発案で、これまでに前例のないことらしい。それだけ期待されてしまっているということだ。 ちなみに本間さんは今の中川店長の前に店長のポジションにいた人で、そこでの経験で店のことを知り尽くした上で今のチーフバイヤーという立場にいる。だから立場的には中川店長よりも上。時々店長がしょんぼりさせられるのもまぁ仕方がないのだ。 「頑張ってね。いずれ私のポジションを任せることになるんだから」 ということはつまり。 将来的にはこの店の仕入れの大半を私に委ねるということか。いや、ダメだ。そんなことをしたら未来の妻の意見で店の中が多肉植物だらけになってしまう。 「前に三浦さんが仕入れた希少種もさ、なかなか売れないだろうと思ってたけど案外すぐ売れたしね。正直ちょっとびっくりしたよ」 これも誤解といえば誤解だ。あの多肉植物がたまたま某お上品なマダムの目に止まり、たまたまそのお方がお金持ちだったから簡単に売れただけであって、普通の人があんな高価な植物を易々と買うものではない。 そして『特売品』の表示についても無視できない。母は昔から特売品には目がなかった。お金持ちの中にも案外ケチはいるものだ。 「あんまり自信ないですけど……。ちなみにいつからですか?」 「じゃあ2ヶ月後にしようか。準備も時間掛かるしね。店長にも伝えておくよ」 こうして誤解に誤解が重なり、私は店の期待を背負って新たな試練に挑むことになった。
/128ページ

最初のコメントを投稿しよう!

619人が本棚に入れています
本棚に追加