愛とは

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そして翌朝。 私はいつもみたいに希さんのお弁当を持って浮かれ気分で店に向かっていた。最近ついに車のエアコンが壊れて朝の寒さに震えながら通勤している。 こんな私には多少バチが当たった方がいい。出勤前にエンジンが掛からなくなって慌ててしまえばいいのだ。そうなれば『日頃の行いが悪いから』と多少の気休めにできる。 そんなことを考えながら今日も無事に店に到着した。もしかしたら希さんがくれた交通安全のお守りが効力を発揮しているのかも知れない。それならそれで希さんに許されたということだ。 店に入り、開店前に鉢植えに水やりをしようと店の水道に向かっていると、多肉植物コーナーの前でしゃがみ込んでいる神尾氏の姿を見付けた。 何を見ているのだろうと思って近付いた時、神尾氏は私に気付いて「あ……、おはようございます……」と相変わらず怯えながら挨拶してきた。これが彼の通常運転なので最近は特に気にしていない。 「おはようございます。何を見てるんですか?」 すると神尾氏は、小さな鉢植えを両手でそっと持ち上げ、壊れ物を扱うようにゆっくりと私の前に掲げた。 「あの……、お花が咲いてるんです。すごくちっちゃくて可愛い……」 神尾氏の言う通り、その多肉植物は季節外れの花を咲かせていた。その小さな花を見つめる瞳は慈愛に満ちている。 「あ、ホントですね。この時期に珍しいなぁ」 「頑張ってお花咲かせたんですね……。僕ももっと頑張らないと……」 私はその汚れのない純粋な瞳から思わず目を逸らし、神尾氏の目の前で人知れず懺悔した。
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