小さなミートショップ

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そんな出来事でちょっと感傷的になったりはしたけど、ここで優衣を特別気にかけることはしないつもりだ。このままではお互い泥沼にハマってしまう。今後割り切った契約関係が崩れるようなら、冷たいようでも優衣を突き放さなければならない。 その数日後、私はまた多肉植物の仕入れのために日帰りで出張だった。色恋のゴタゴタと仕事との切り替えは結構難儀なものだ。 私が出張や事務仕事で店にいない時は神尾氏が接客を頑張ってくれている。ちょっと不安はあるけど彼ならきっと大丈夫だ。あの才能と情熱があれば乗り越えられるに違いない。 そして出張から帰って店に立ち寄ってみると、店長がまた妙なことを言い出した。 「ねぇ三浦さん。ちょっとお願いがあるの」 「はい。なんでしょうか?」 「今後店に立つ時は長いカツラを被ってもらえないかしら?」 「……え? どうしてまたそんな」 まさか私にコスプレをさせて店に立たせるつもりなのか。店長もなかなか歪んだ戦略を思い付いたものだ。 「なんだかここ数日ね、店に女性のお客様が殺到してるのよ。『あのステキな店員さんはいらっしゃいませんか?』って。その対応で大変なのよねぇ」 「えっ」 まぁ、中身は真人間の店長が花屋の従業員にコスプレなんかさせないだろう。というか、店長がそんなことを提案した時点で本間さんが鬼化するはずだ。 「だからね、見た目を出来るだけ女にして欲しいの。そしたら収まると思うのよ。お願いできないかしら? カツラ代は経費で落としていいから」 でもそんなことしたら今度はまた男性が……と言ったら「その時は私がカチ割るわ」と返って来た。店長は変な男には容赦ない。 そして結局、ネットで長髪のウィッグを買うことになった。その後家に届いてリビングで箱を開けた時、たまたま部屋から出てきた希さんにウィッグを見られてしまった。 「あ……いや。これは違う。私の趣味じゃなくて……」 弁解に追われながら『店を経営するのは本当に大変だ』と思った。昇進までの道のりはまだまだ遠い。
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