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いや、ドンヨリしている場合ではない。これ以上希さんに置いて行かれないように他に何かやるべきことがあるはずだ。
そう考えた時、自分が今置かれている状況をふと思った。
未だに優衣と続けている例の『契約』。私は今までずっとここを逃げ場にしていた。優衣の心の変化に薄々気付きながらも、考えることを先送りにしてずっと甘え続けていた。
こんな甘えた自分のままで希さんに追い付けるはずがない。希さんを支えられる存在になれるはずがないのだ。
もう、そろそろ潮時だ。
こんな関係はお互いのためにならない。3年近くも惰性で続けて来た関係をそろそろ終わらせる時だ。
「那央さん、何かあった?」
「ん?」
「ちょっと元気ない気がする」
そう強く心に誓ったとはいえ、やっぱり急にこんな話を切り出すのは勇気が要る。優衣がどんな反応を見せるかも全然想像が付かない。
「……そう? 気のせいじゃない?」
「あの人?」
たしかにそれもある。追い付こうと必死になってやっと近付いたらまた離され……。そんなことがあって若干落ち込んではいた。
でも、今回はそれだけではない。
『もうこんな関係は終わらせよう』。
そう伝える覚悟でここに来たのだ。
「もう強引に奪えばいいのに」
「できないよ。多分腕力でも勝てないし」
「じゃあ……」
「ん?」
「……何でもない。もう言わないことにした」
優衣はあれ以来、私を困らせるようなことを一切言わなくなった。
今、優衣は『契約』に縛られ、私は『契約』を利用している。そうなった時点でもう会うべきではなかったのかも知れない。
「ねぇ、優衣」
「ん?」
「一応聞くけど、このままでいいの?」
「那央さんとの関係?」
「うん」
「いいよ」
「……そんなあっさり」
優衣は本当にあっさり割り切ったような顔をしている。でもこれは本心を隠しているだけだ。本気でこのままでいいと思っている訳がない。
「だってさ、そうしなきゃ那央さんと会えなくなるでしょ? 最初からただの契約なんだし」
「割り切ってるんだね」
「そりゃ私から言い出した訳だしさ。もしかして解約したい?」
「……の方がいいのかと思って」
「私のためとか思ってるんならやめて。違約金取るよ?」
「い、違約金って……」
「元々『那央さんに恋人ができたら』っていう契約でしょ? 今解約するのは違反だもん」
どうやら『契約』を利用していたのは私ではなく優衣の方だったらしい。感傷に浸るだけ無駄だったようだ。
でも、優衣がそれでいいとしても私がダメだ。これ以上自分を『ダメ女』と罵りたくはない。
「……じゃあ、違約金払うよ」
「100万ね」
「えっ!!」
「3年分の風俗代だと思えば安いでしょ?」
「ホントにお金取るんだ……。しかも風俗って……」
「じゃあ他に払えるものある?」
返す言葉がなくて黙り込んでしまった。女は本当に口が達者だ。こういう言い合いになると絶対に私が負ける。しかも私は普通の女より腕力もない。つくづく自分の存在意義に疑問を感じる。
「もう分かったよ。那央さん元々純粋な人だからね。高校時代からそうだったし」
「……まぁね」
「私のこと好きだったでしょ?」
「えっ! ……気付いてたの……!?」
「ふふ、うん。気付かないフリして遊んでた。あのとき奪っておけばよかったなぁ」
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