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そして私はショックで何も言えないまま優衣の部屋を後にした。結局あのまま優衣に転がされて解約の手続きを果たすことは出来なかった。
隠していたはずの気持ちが実はバレていたとは。しかも優衣はそれを面白がって私で遊んでいたとは。『あのとき奪われなくて助かった』と本気で思った。ボロ雑巾になった自分の姿が容易に想像できる。
ショックで頭が熱っぽくなり、家に着くなりリビングのソファーに倒れ込んでしまった。私は案外繊細な神経の持ち主だったようだ。神尾氏のことは言えない。
「那央、大丈夫? 体調悪い?」
熱っぽいなりに夕食の準備だけは頑張った。こうして遅くまで残業を頑張っている希さんの前で泣き言は言っていられない。
「ちょっと熱っぽくて。寝てたら治るよ。私だし」
「また無理したの? ちゃんとお夕飯用意してくれてるけど」
「いや、自分がお腹空いてただけ。だからついでに」
「ふふ。嘘ばっかり」
希さんが帰って来たら少し熱っぽさが収まった。こういう時も単純な脳みそは便利だ。機械と一緒で構造が簡単な方が修理しやすい。
ちなみに今日のメニューはエビフライカレー。ホントはエビとほうれん草のカレーにしようと思ったけど、前に希さんが言っていたトラウマに触れてしまうからエビフライに変更した。こんな細かいことを覚えているのはやっぱり愛ゆえだ。
2人で食べ終えた時、希さんが私の熱っぽさを心配して「ソファーに横になってて。私が洗い物するから」と言ってくれた。ここで無理をするとまた怒られるのでお言葉に甘えることにした。
ソファーに倒れ込んで瞼を閉じ、今日の出来事を改めて思い返した。まだ胸がモヤモヤしている。優衣を嫌いになったとかそういうことではない。もはや自分の中だけの問題だ。
次に会った時には、優衣に翻弄されないように意志を強く持たなければならない。これくらいのことが出来なきゃ希さんに追い付くことなんて出来ない。
するとその時、冷たいものがそっと額に触れた。希さんがタオルを用意してくれたのだ。こういう気遣いには相変わらず胸が熱くなる。
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