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シノ君と映画を観たその日の夜にヤケ酒を食らって、翌日昼過ぎに起きた。
洗面台に立つと鏡の中のわたしはずいぶんとくたびれていた。
昨日シノ君に拒絶されたことがだいぶこたえているらしい。
「…だってこれじゃ友達と変わんないじゃんみたいなこと、言うんだもん…」
呟いてみたら思った以上に情けない声が出て我ながらびっくりした。
しばらく鏡の前で立ち尽くした。
わたしはずっと我慢をしていた。
本当はもっとシノ君に触れたい。でも、あの怖いものを見るようなシノ君の顔を思い出しては我慢していた。
いいのかな、と思ったらやっぱり拒絶されてしまった。
鏡を眺めながら考える。わたしはまあまあ顔がいい。言ってしまえばモテるほうだ。
けれどもそんなものは意味がない。シノ君からの愛を得られなければモテようがなにしようが、なんの意味もない。
不愛想なシノ君。不器用なシノ君。笑い方忘れたみたいな笑い方するシノ君。
「…好きだなあ…」
キスしてる時のシノ君、可愛かったな。息継ぎする時に必死に小さく声をあげて。
「………はあ」
洗面台に手をついてうなだれた。
「…キスしたい…抱きしめたい…あわよくば押し倒したい…」
そう呟いてすぐに背徳感に苛まれた。そういう目でシノ君を見ていることに罪悪感を覚えた。
もうダメだ。気分がどこまでも落ちてゆく。
半ば脊髄反射で携帯を開いて、奴に「今日飲もう」の5文字を送っていた。
「相談料 飲み代」の6文字が返ってきた。
* * *
「…まだその子のこと好きなの?」
この男は学生時代の友人で私の性癖を知っている。なんなら少しの間付き合っていた。
シノ君への愛を語る時はいつもこいつが捌け口だった。
「好きどころの騒ぎじゃない。今付き合ってる」
「へえ。おめでとう。でもその様子だと難航してるんじゃないの」
こいつは気を遣うことなくバッサリと物を言う。
だからこそ気兼ねなく相談できるというところもある。
「キスしたら嫌われた…」
「…まさか無理やりじゃないよね?」
「一回目は無理やりだったけど…この前は雰囲気できてたし…いいかな、と思ったら引かれちゃった…」
「…うわ…」
「めっちゃ引くじゃん…」
「その子、高校生だっけ」
「そう。めちゃくちゃ可愛い。多分処女」
「お前…そういうとこだよ」
そういうとこってどういうとこだよ、と思いながら、グラスに汗をかいたビールを煽る。
「男ならまだ納得感あるだろうけどさ、お前女なんだよ?なおさらもっと段階踏んであげないとかわいそうだよ」
"女だから"。
そう言われていつもの嫌悪感が頭をもたげた。
「わたし…なんで女なんだろう…」
「スイッチ入っちゃったよ」
「ねえ!!あんたならこういう時どうするの!?」
「情緒不安定か」
食いつくわたしに若干引きながら彼は虚空を眺めながら言った。
「俺なら…まあ一旦引いてみるかなあ」
びっくりするぐらい平凡なことを言うじゃないかこの男、と思った。
そう思ったのが顔に出ていたらしく、彼は眉根を潜めながら続けた。
「ていうか歌子のことだからいつもの虚勢はってんでしょ?今は引くにしても、ちゃんと全力で好きってこと伝えろよ。器用に立ち回るのはいいけどさ、胡散臭いんだよ、お前」
胡散臭い。
自覚があったようでなかったことだった。
「…そうか…胡散臭い…」
「まあせいぜい頑張れ」
彼はどうでもよさそうに枝豆を食べながら言った。
彼に悩み事をどうでもよく扱われるとこっちもどうでもよくなってくるから不思議だ。
わたしのこの性癖がなければ今も付き合っていたのかもしれないと、たまに思う。
それにしても、全力で好きって伝えるってどうなんだ。
それこそ引かれてしまわないか?と思うものだけど。
恋をするって難しい。
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