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日曜日、車に3人を乗せて図書館に赴いた。
千春ちゃんはきれいな子で、ひなたちゃんはふわふわとしてかわいい女の子だった。
シノ君は助手席に座っていつもの無表情を決め込んでいた。
図書館に着いて、千春ちゃんがわたしを見上げて言った。
「歌子さん、図書館とかよく来ますか?」
「全然。漫画しか読まない」
「そうですか。大学とか行かれてるんですか?」
「大学っていうか看護の専門学校通ってたよ。辞めたけど」
「なるほど。私、司書を目指していて、後学のために色々お聞きしたいのですがいいですか?」
驚くほどしっかりした子だ。
わたしから学ぶものは何もない、むしろ、わたしのほうが千春ちゃんから様々なことを学ばなければいけないのではと思った。
後学のためというが、2人で話をしたいのだろう。その状況作りにも隙が無い。
涼し気な目元、その奥にある瞳には知性が宿っていた。
「いいよ。じゃあ看護書のあたり行こうか」
「はい。ひなた、宮城と一緒にその辺見ておいで」
「うん!」
「えっ」
戸惑ったような顔をするシノ君、一方、ひなたちゃんはお構いなしで、シノ君の腕を取ってまくしたてた。
「あたし本とかあんまり読まないからしのちゃんにおすすめ教えてほしいな!何コーナーに行けばいいのかな?」
「え、じ、児童書とか…?」
「児童書コーナーね!どこにあるのかな?行こ行こ!」
ひなたちゃんは戸惑うシノ君を引っ張って、小鳥のようにさえずりながら児童書コーナーを探しに歩き出した。
咄嗟に高2女子に児童書をおすすめするシノ君と、それに対して何の疑問も持たず嬉しそうにしているひなたちゃん。
なかなか面白い絵面だった。
「…かわいい子だね、ひなたちゃん」
「そうですね。幼稚園の頃からずっと変わらないんですよ。純粋というか」
千春ちゃんは、シノ君とひなたちゃんが向かった方向とは逆方向に歩き出した。
"郷土史"という案内札が見える。わたしが本当の目的を察していることを見透かしているらしい。話ができればどこでもいいのだろう。
「いや、でもしっかりしてるねえ、キミ。シノ君なんていつもタメ口だよ」
「宮城がおかしいんです。ぼっちだから敬語の使い方知らないんですよ」
「あはは。でも店長とかお客さんにはちゃんと敬語使ってるよ」
「そうですか。宮城が接客する姿とか想像つきませんね」
「意外ときちんとやってるよ」
千春ちゃんはふーん、と息を洩らした。全然興味がなさそうだ。
その態度を見て、この子が私に会いたいと言って、こうして2人で話をする状況を作り出した理由を思い出した。
「で、ひなたちゃんだっけ。彼女とはうまくいってんの?」
わたしが話題を切り出すと、千春ちゃんは眉を潜めてわたしを見上げた。
「…もしかして、宮城話してます?私とひなたのこと」
「あ、うん。キスしてるとこ見ちゃったとか言ってた」
千春ちゃんはここにいない人間のことを睨みつけるように視線を横に流した。
「あいつべらべらと…」
「いや、その時は不可抗力というか、こうなる前のことだから。それに、それ以上のことは聞いてないよ」
「まあ、いいです、そんなことは」
千春ちゃんは小さく息をついた。
俯いたその顔色を伺う。どこか寂しそうで思いつめた顔をしていた。
直感で、仲間だ、と思った。
「ひなたちゃんのこと好きなんだね」
問いと確認を兼ねた言葉をかけると、千春ちゃんは自分の体を抱くようにして腕を組んだ。
理性的な瞳が恋に浮かされて行き場を失っている。完璧を装う彼女の隙間から、まだ年端のいかない少女が顔を出していた。
その姿に、昔の自分を重ねた。どうにか励ましてあげたい。
「…なんで好きになると触れたくなるんですかね」
千春ちゃんは独り言のように呟いた。
「理由かあ。わたしは伝える手段だと思ってるけどな」
「伝える?」
「言葉じゃなきゃ伝わらないこともあるだろうけど、言葉だと足りない時ってあるじゃない?言葉に収まらないこととか、言葉にできないことを相手に伝えたいって思った時に触れたくなるんだと思うよ」
昔、自分自身が悩んだ末に辿り着いた結論をただ喋ってみたところ、千春ちゃんは天啓を得たような顔をしてわたしを見上げた。
彼女の悩みに寄り添えそうでなによりだ。
「あとは、好きだと色々知りたくなるじゃない。手は温かいのか冷たいのか、心臓の音は早いのか落ち着いてるのか、そういうことを知るための手段でもあるよね」
「…そう、ですよね」
「…だから恥ずかしいことでもなんでもないよ」
半ば自分に言い聞かせるようにして呟いた。
千春ちゃんはしばらく逡巡していた。聡明な彼女のことだ、わたしの言葉を受け止めて、自分の心の穴に埋まるように組み立てなおしているのだろう。
しばらく2人で黙り込んだ。興味のない本を手に取ったりして時間を埋めた。
千春ちゃんはひとまず心の整理がついたのか、わたしに問いを投げてきた。
「歌子さんは、宮城のこと本当に好きなんですね」
「うん。まあ…あんまりうまくいってないんだけどね」
「私、宮城のことはどうでもいいですけど、歌子さんのことは応援します」
「あはは。ありがとう」
ふと思った。
わたしたちは似ているようで、致命的に違うところがある。
千春ちゃんは慎重だ、ひなたちゃんに対しては特に。
彼女たちは一緒にいる時間が長すぎて、守るべきものも多すぎる。
わたしのように、破れ被れになりきれない絆が、彼女たちにはきっとある。
きっとゆっくり時間をかけて、望むものを手に入れていくんだろう。
その後、状況作りの理由だった「後学のために色々聞きたい」という言葉の通りに、看護書のコーナーで色々と質問された。
勤勉な子なのだな、と思った。
しかしわたしは、やりたいことがなくて、とりあえず親と同じ職を目指そうと看護学校に入っただけで、勉学に対して不真面目だったから、力になれたかどうかはわからない。
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