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私は歌子を嫌いなわけではない。話は面白いし仕事もできる。
彼女に対して女性としての憧れを抱いていた節もある。
かといって、付き合う付き合わないの話にそれを繋げるかといったらまた別だ。
9時10分、裏口に止まった車。
歌子の派手さとは対照的に小さめで没個性の軽自動車。
その中で歌子は煙草をふかしていた。
「…なんで来ちゃったんだろう」
誰ともなく呟いた。自分でもわけがわからなかった。結論よりも先に時間が訪れてしまった。
歌子は私に気付くなり顔を上げて、微笑みながら助手席を指さした。
ぼんやりした頭で歌子の言いなりに助手席の扉を開ける。
「来てくれたんだね。待ってたよ」
歌子の口調があまりにも軽すぎて勘ぐってしまう。
私はからかわれているのだろうか?
「…私はどうすればいいの」
「どうするもなにも。車に乗るのもそのまま帰るのも、シノ君の自由だよ」
ここまで来てそうした選択肢を出されることに苛立ちを覚えた。
一緒に働いていて思う。歌子はずる賢い。人を手のひらの上で転がすのが上手なのだ。
今だって私のことを試すように見上げている。その瞳の奥に何か暗いものが宿っているように思えてならなかった。
思い通りになんてなってやるものか。
「…そっちからふっかけといてなんでこっち任せなわけ?本気で言ってんなら引きずり込むくらいのことすれば!?」
怒りは白い吐息に変わって、風に流れて姿を消していった。
歌子は車のハンドルに肘をついて私を見つめていた。
ほくそ笑んで、私を見定めるような目をしていた。
ふと、瞼を伏せたかと思うと、腕を強く引かれた。
痛いと思う暇もなく車の中に招かれ、車の中に招かれたと思う暇もなく口で口を塞がれていた。
それは今日見た、あの2人が交わしていたもののような生易しいものではなかった。
ひとしきりが終わると歌子は「言ったね」と囁いて笑った。
この女は思った以上にヤバい奴なのかもしれない。
その後は歌子の車に乗せられて、歌子の家に行った。
結論から言うと何もなかった。
お茶を出されて、30分程度だけ他愛もない話をして、家まで送ってもらって終り。
"付き合う"ことが確定したことだけが明白だった。
私が牽制したばかりに本当に引きずり込まれてしまったようだった。
あの人は、歌子は、一体何が目的なのだろう。
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