03.友達と恋人の境界線

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 日曜日。  歌子の提案で映画を観に行くことになり、観るものを特に決めないまま当日を迎えた。  2人で示し合わせてバイトの休みを希望したところ、店長に「最近きみ達、仲が良いんだね」と言われたりなどした。 「シノ君って休憩中よく本読んでるのは見るけどさ、映画はよく観る?」  車の運転をしながら歌子は言った。 「人並みかなあ」 「シノ君それよく言うよね。人並みに、って」 「そうだっけ」 「うん」  こんな他愛ない会話をしながら、以前鍵山たちに話した「友達と恋人の境界線について」を考えていた。  これなら別に友達でいいじゃないか、と思っている自分がいる。  特に観るものを決めていなかったからか、どの映画を観るかの話は長引いた。  原作小説を読んだことがある映画があったので伝えたところ、それを観ることになった。  映画を観ている最中、歌子は手を握ってきた。  握られた手の感触を確かめる。  やっぱりよくわからなかった。  手を繋がれているな、以外何も思えなかった。  映画の内容は可もなく不可もなかった。原作があれば別にいいかなと思った。  映画館に併設されていた飲食店で早めの夕飯を食べて、外に出るとあたりはもうすっかり暗くなっていた。  車のエンジンをかけても、歌子は運転を始める気配がなかった。  暖機運転をしているのだと思った。「冬は暖機運転を長めにしないと」というのは、父から得た知識だ。  歌子はハンドルにもたれかかって、顔だけをこちらに向けて言った。 「シノ君、今何考えてる?」 「車の暖機運転してるんだなって考えてた」 「なにそれ。確かにそうだけど」  小さく笑いながら言った。  あんな始まり方をしたとは思えないほど、穏やかな時間だった。  そのせいか"遊ばれているのではないか"という疑いは薄れつつあった。 「わたしと付き合い始めて、どう?」  歌子に問いかけられて、私は膝に乗せた自分の手を見つめた。 「…まだよくわかんない」 「そっか」 「ていうか、友達と恋人の違いがわかんないな、って」  ここで会話が急に途切れた。  あまりに歌子が喋らないので、どんな顔をしているのか気になって、歌子の顔を盗み見た。  頬杖をついて、正面の近いような遠いようなどこかを眺めていた。何か考えこむような顔をして。  じっと考えこむ歌子の横顔を見つめた。きれいな横顔だな、と思った。  いつもと雰囲気が違うと思ったら、どうやら軽く化粧をしているようだった。バイトの時はいつも化粧っ気がないのに。  横顔の輪郭から睫毛の毛先が飛び出して、駐車場の蛍光灯の灯りに照らされて鈍く光っていた。  歌子は再びこちらを向いて、私の肩に手を置いて言った。 「…嫌だったら言ってよ」  肩を引き寄せられて、歌子の唇が触れた。  私は冷静だった。自分の気持ちを確かめるのに丁度良いと思った。  あの時と同じように口の中を弄ぶようにされたものの、少なくとも嫌ではないな、と感じた。  そう感じたのに、舌が舌の裏に触れた瞬間、胸の奥で何かが疼いた。  何故か、あの時、あの2人が顔を寄せ合っている姿が浮かんだ。  気付いた時には歌子の肩に手を当てて体を引き離していた。 「…あ」  歌子は薄い笑顔を浮かべてしばらく黙っていた。 「嫌だったかー、ごめんね」  泣かせてしまった子供をあやすみたいに笑った。 「…嫌だったと、いうか」 「暖機運転ももういいだろうし、帰ろうか」  歌子はそう言って何事もなかったかのようにシートベルトをしめて手際よく車を操作して、ハンドルを握った。  その後の歌子はいつも通りだった。  車を運転している間に他愛ない会話を試みてくれたものの、私は生返事のような返答しかできなかった。  自分が望んでいるものも、歌子の目的もわからなかった。  歌子を押しのけてしまった理由も、あの2人の姿が浮かんだ理由も、わからないままだった。
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