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日曜日。
歌子の提案で映画を観に行くことになり、観るものを特に決めないまま当日を迎えた。
2人で示し合わせてバイトの休みを希望したところ、店長に「最近きみ達、仲が良いんだね」と言われたりなどした。
「シノ君って休憩中よく本読んでるのは見るけどさ、映画はよく観る?」
車の運転をしながら歌子は言った。
「人並みかなあ」
「シノ君それよく言うよね。人並みに、って」
「そうだっけ」
「うん」
こんな他愛ない会話をしながら、以前鍵山たちに話した「友達と恋人の境界線について」を考えていた。
これなら別に友達でいいじゃないか、と思っている自分がいる。
特に観るものを決めていなかったからか、どの映画を観るかの話は長引いた。
原作小説を読んだことがある映画があったので伝えたところ、それを観ることになった。
映画を観ている最中、歌子は手を握ってきた。
握られた手の感触を確かめる。
やっぱりよくわからなかった。
手を繋がれているな、以外何も思えなかった。
映画の内容は可もなく不可もなかった。原作があれば別にいいかなと思った。
映画館に併設されていた飲食店で早めの夕飯を食べて、外に出るとあたりはもうすっかり暗くなっていた。
車のエンジンをかけても、歌子は運転を始める気配がなかった。
暖機運転をしているのだと思った。「冬は暖機運転を長めにしないと」というのは、父から得た知識だ。
歌子はハンドルにもたれかかって、顔だけをこちらに向けて言った。
「シノ君、今何考えてる?」
「車の暖機運転してるんだなって考えてた」
「なにそれ。確かにそうだけど」
小さく笑いながら言った。
あんな始まり方をしたとは思えないほど、穏やかな時間だった。
そのせいか"遊ばれているのではないか"という疑いは薄れつつあった。
「わたしと付き合い始めて、どう?」
歌子に問いかけられて、私は膝に乗せた自分の手を見つめた。
「…まだよくわかんない」
「そっか」
「ていうか、友達と恋人の違いがわかんないな、って」
ここで会話が急に途切れた。
あまりに歌子が喋らないので、どんな顔をしているのか気になって、歌子の顔を盗み見た。
頬杖をついて、正面の近いような遠いようなどこかを眺めていた。何か考えこむような顔をして。
じっと考えこむ歌子の横顔を見つめた。きれいな横顔だな、と思った。
いつもと雰囲気が違うと思ったら、どうやら軽く化粧をしているようだった。バイトの時はいつも化粧っ気がないのに。
横顔の輪郭から睫毛の毛先が飛び出して、駐車場の蛍光灯の灯りに照らされて鈍く光っていた。
歌子は再びこちらを向いて、私の肩に手を置いて言った。
「…嫌だったら言ってよ」
肩を引き寄せられて、歌子の唇が触れた。
私は冷静だった。自分の気持ちを確かめるのに丁度良いと思った。
あの時と同じように口の中を弄ぶようにされたものの、少なくとも嫌ではないな、と感じた。
そう感じたのに、舌が舌の裏に触れた瞬間、胸の奥で何かが疼いた。
何故か、あの時、あの2人が顔を寄せ合っている姿が浮かんだ。
気付いた時には歌子の肩に手を当てて体を引き離していた。
「…あ」
歌子は薄い笑顔を浮かべてしばらく黙っていた。
「嫌だったかー、ごめんね」
泣かせてしまった子供をあやすみたいに笑った。
「…嫌だったと、いうか」
「暖機運転ももういいだろうし、帰ろうか」
歌子はそう言って何事もなかったかのようにシートベルトをしめて手際よく車を操作して、ハンドルを握った。
その後の歌子はいつも通りだった。
車を運転している間に他愛ない会話を試みてくれたものの、私は生返事のような返答しかできなかった。
自分が望んでいるものも、歌子の目的もわからなかった。
歌子を押しのけてしまった理由も、あの2人の姿が浮かんだ理由も、わからないままだった。
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