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ルーレットの銀盤が揺れる。配当は数十万倍。当てれば――と思って当たるほど、世の中は甘くない。
「よォ、いくら賭ける?」
若い男はそう尋ねた。私は無言で安牌をとり、仮に負けても大きく被害が出ないように賭けをする。地味ではあるが、確実な儲け方だ。時間はかかるが、逆に時間をかければ、とも言えた。
ルーレットを回すのを見ていると、隣から二十歳くらいの青年に声をかけられた。
「おっさん、勝ってるみたいじゃねえか」
「まあ、ぼちぼちだ」
おっさんと言われたことには触れなかった。実際、二十代から見れば三十代なんておっさんだろう。反論する余地もない。
「何の用かな」
「いんや、暇だから話しかけただけだ」
「ふむ?」
それから三ゲーム目、四ゲーム目とルーレットは回されていく。
「……ドゥーショは汚いぜ」
男はそう言って、持っているチップを三枚とった。「全部24番に」一点賭けの最高配当は三十六倍だ。ルーレットの行く末を見守っていたが、当然のことながら外れる。
「何が言いたい」
彼は再度チップを掴んだ。
「15番」
「一点賭けが好きなんだな」
「いんや、これはただの準備だ」
ルーレットが回る。
当然、違うポケットに入る。
更に三枚、彼は台の上に置いた。
「19番」
ルーレットが回る。金属の球が跳ねる。
しかし、入らない。
「ディーラー、今日はあまりよろしくないようだ」
「そのようで」
「それと、チップが切れちまった」
彼は札束を台の上に置いた。額にして一万ドルか。大穴を狙う馬鹿ならば驚くべきでもないが、生憎ここは明星街――彼の正気を、心の底から心配した。
チップを受け取って、彼はまた私の方向を向いた。
「アンタは、仮にここで大損しても、自分が死ねば問題ないと思っている」
「それが、どうした」
「もう、手遅れなんだぜ」
「……何が言いたい」
「NORAもRFIDも機能していない、借金すれば人生が終わる。その中で勝とうと思うなら、正攻法で挑む奴はただの馬鹿だ」
そう言って、彼はまたも一点賭けし始める。例の一万ドルチップを乗せて。
「7番」
「おい」
正気か――言う前に、ルーレットは回り始めた。私もすぐに賭ける。ノーモアベット。大丈夫だろうかと様子を見る――鉄球は緩く収縮しながら弧を描き、やがてそれは吸い込まれるようにポケットに入った。
7番。青年の勝利だ。
「おい、お前――」
「当然のことだろう?」
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