水澄の場合

1/1
前へ
/7ページ
次へ

水澄の場合

もういいです!離婚しましょう…!  そんな会話をした3日後に夫は出て行った。若い女の元へ向かったらしい。  私はというと娘の梨花を保育園へ預け、街を彷徨っていた。 自分から切り出した別れの筈なのにこんなに辛いとは。まだ当分、立ち直れそうにはない。  フラフラと道を歩いていると知らない場所へ出てしまった。 「ここは…」 小さな家が目の前に建っている。私は、吸い込まれるようにして緑色の扉に手を掛けた。 「いらっしゃいませ」 「おもひで品物屋へようこそ」 お店には見えなかったけれどどうやらお店らしい。 アンティークショップかと思って見渡すけれど商品はない、商売道具の筈のレジスターすら見当たらない。 戸惑いながら白髪の店主を見つめると、ゆっくりと椅子から離れ、店の奥へと行ってしまった。 「お待たせしました」 持ってきたものは写真だった その写真を見て、息が詰まる 「っ…これは…」 「巡りに巡って私の元へ来たのです」 結婚式の写真だった ___元旦那との。 「見たくないのに…!やめてちょうだい!」 「思い出から目を背けないで下さい。過去を切り捨てる事はできない。」 そう言われ、仕方なく写真を見つめるとあの時の事が体中に流れ込む。 ___幸せね___ ___あと数年もしたら子供いるかな?___ ___結婚式なのに?まだ気が早いよ___ ___そうかな?___ 「っ…ああ」 ひとしきり泣いた後、店主に目を向ける 「あんな旦那だったけど一つだけ感謝してる事があるんです」 それは、梨花が生まれた事。彼じゃなければ梨花はこの世に存在しない。 「ねえ店主さん、その写真買うわ。」 「おや、見たくないんじゃなかったのかい?」 「過去を切り捨てる事はできないんでしょ?」 「そうですね。お代は結構ですよ。」 「色々とありがとう!」 店から出て、歩みを進める。 写真を見つめると笑顔の2人がそこにいる。今は2人じゃない。けれど独りぼっちでもない。梨花がいるんだから。 「さあ、可愛い娘を迎えに行かなくちゃ!」
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加