マリー

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マリー

 夏と少しずつ別れを告げていく時期。「朝晩はかなり涼しくなってきましたね」とテレビが言っている。懐かしいような、寂しいような。そんな季節。まあ、わたしには関係ないのだけれど。  わたしはあの子が大好きだった。家族のように育ったんだもの。互いが特別な存在になるのに時間はかからなかった。気づいた頃には隣に居て、あの子はわたしにいつも笑顔を向けてくれていた。ありきたりな表現だけど、そう、太陽のような、ひまわりのような、そんな笑顔。わたしは表情の乏しいタイプだったから、あの子の笑顔に憧れと似たような、ちかちかした感情を抱いていた。  毎日、毎日、毎日。たくさん遊んだ。おままごとから、ごっこ遊び、思いつくものを何でも。どんな遊びでも、あの子とわたしで遊ぶなら楽しいに決まっていた。  しかしながら、サヨナラというものは案外簡単に訪れてしまう。突然あの子はわたしの前に姿を現さなくなった。  一日目は、「あれ、おかしいな」と思い。  二日目はあの子の心配をして。  三日目は、ニ年前あの子が家族旅行に行った時もこうやって数日会えなかったことがあったな、と思い出し。  四日目は、のんびり待ってみようと思い。  五日目は、何だかやっぱり心配になって。  一週間目には、あの子に何かがあったんだと確信した。  二週間目、悲しみ。  三週間目、無。  あの子がいなくなって一ヶ月が経った。  そして。昨日わたしは、わたしの知らない友達と仲良く遊ぶあの子の声を聞いてしまった。それからは単純。感情ってこんなに容易く裏返るものなのね。わたしは初めて怒りを覚えた。  どうして。どうしてよ。あんなにいつも一緒だったのに。大好きって言ってくれたじゃない。どうして。どうして。どうしてそんなことするの。さみしい。  新月。月がいなくて夜もさみしがっている。そんな噂を聞いた。  二ヶ月後。わたしは偶然にも、あの子の目の前に居た。言葉が上手く紡げないわたしに、あの子は言った。確かに言った。わたしのことなんて「もう、いらない」と。  悲しかった。ただただ悲しかった。あの子は変わってしまった。もうわたしとの思い出なんて、一切覚えてないんだわ。あの子は、わたしの大好きなあの子じゃない。偽物だ。そうして、わたしは思ってしまった。「偽物のあの子なんて、いなくなっちゃえ!」。強い、願い。  祈りと怒りは、意外にも近いところに位置していたことを知った。  ある日、少女は友人に相談していた。最近、妙な気配を感じるということ。そして、その不気味さを最も感じるのは自宅であるということ。最後に、気配の主に心当たりがあるということ。友人は、まずその心当たりをどうにかしなくちゃと、いくつか助言をした。そして、少女は心当たりのある気配の主を、処分した。心がちくりと傷んだ。サヨナラ。  怨念というものは恐ろしい。少女はその日からというもの、みるみる内に弱っていった。「マリーを捨てたから」「マリー怒ったんだわ」「マリーに殺される」。何かに取り憑かれたように、夜な夜なそんな言葉を延々と呟く少女は、病院へと連れて行かれた。  「マリー」  少女が呼んだ。かすれた声で「ごめんなさい」と続けた。わたしは首を横に振る。  他人には理解できなくとも、本人にはどうしても許せないことってあるの。  そして間もなくして。  少女は最期まで、恐怖に身体を震わせながら息を引き取った。わたしはその様子をずっと見ていた。  あの子はいなくなった。永遠に。わたしはさみしくなって、消えた。
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