愛しのポメラニアン

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「あー…………ポメ…………」  多摩が目当てにしていたのは、あのペットショップのショーケースに入っていた三毛のポメラニアンだった。黒、白、茶色の三色のグラデーションが目に留まり、会社の近くで昼休憩を取る度にちょっかいを掛けては癒されていたのだ。出会ってからたった半月といえども、多摩にとってその時間は唯一の楽しみといっても過言ではなかった。それが突然失われたのだ。多摩を落ち込ませるのには十分すぎた。  机に突っ伏していると、お待たせいたしました、と控えめに声をかけられた。笑顔を作って顔を上げ、店員にお礼を言ってランチプレートを受け取る。どんな心境でも他人には朗らかに接するのは、営業部に配属されてから常に気をつけていることだ。  片側一車線の道路を挟んだ向かい側にあるペットショップを眺めながら、多摩はスプーンとフォークを手に取った。ここ半月ほど、ポメに会いに来た日は必ずこの喫茶店でランチをいただいている。ランチメニューは一週間ごとの日替わりで、月曜である今日はクリームソースのパスタとサラダだ。先週も食べたが、クリームが濃すぎず緩すぎずちょうどいい塩梅で、なかなか美味しかった。  スプーンの上でフォークにパスタをくるりと巻き付け、仕上げに小さいレタスをフォークで刺して口に運ぶ。一口サイズに揃えられながらも食感を程よく残したレタスがシャキシャキと快く、クリームソースも安定したまろやかな味だ。 「うん、美味しい美味しい」と多摩は胸中で呟きながら、ちらりとペットショップを見ると目を細めた。  この喫茶店の道路側の席から、ペットショップの動物たちがちょうど見られるようになっている。さすがに離れているので手に取るようにとはいかないが、寝たり跳ねたりといったおおまかな動きが分かるだけでも楽しいものだ。 多摩は新しいお気に入りでも見つけようかとショーケースをぼんやり眺めていたが、どこか空しさを感じ、やがて下を向いてしまった。マットホワイト色のパスタソースも、どこかくすんだように見えてしまう。  美味しいだけでは味気ないこともある。重々承知はしていたが、単身アパートの晩ご飯で味わっている寂しさを、せっかくの外食でも身につまされることになろうとは。多摩は小さく溜息をつき、明日からはお弁当を作ってこようかな、と冷蔵庫の中身の記憶を引っ張り出した。
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