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「ラミちゃん、いい子だから一緒に歩いてね。お願いだよ」
「ラミちゃんって言うの、その子」
「はい。色がティラミスみたいだから、ティラミスのラミです」
「へえ。可愛い」
「えへへ」
少女は自分のことを褒められたかのように喜色を浮かべた。
「お姉ちゃんが決めたんですけど、家族皆気に入ってるんです」
「そうなんだ。いいねえ」
その時、多摩の胸ポケットでスマホが振動した。昼休憩終了十五分前のアラームだ。
「もうそろそろ休憩終わるから、行くね。お昼で会社抜けてきてるんだ」
「あ、そうなんですね!じゃあ私たちも行きますね。休憩お邪魔してすみませんでした」
「いえいえ。車とか、気をつけてね」
「はい!ありがとうございます」
ぺこぺこと頭を下げ、ラミちゃんを抱っこしたまま去っていく少女を見送り、多摩は嘆息した。
ラミちゃんが本当にペットショップのあの子だったのかは分からずじまいだったが、別に構わないだろう。何にせよ、飼い主が決まったあの子には、もう名前があるのだ。飼い主一家が輪になって決めた、愛情に溢れた名前が。
もう遠くなった少女の後ろ姿を眺めながら、多摩はふと、そう言えばあの子に触ったこともなかったな、と気づいた。会いに行くときはいつもスーツを着ていたので、店員に「良かったら抱っこしますか」と勧められても、毛がつくからと断っていたのだ。
多摩は自分の格好を見下ろし、もう一度小さく息を吐くと立ち上がった。スーツを纏った多摩には、十分以内にタイムカードに打刻するという使命がある。
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