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あの子がいない。
七村多摩は初夏の日差しの中、呆然と立ちすくんだ。
ショックの強さを表すように、ヒール丈五センチのパンプスがかくんと傾く。ショーウィンドウから目を離さないまま姿勢を立て直し、バッグを肩にかけ直すと、店員が店から出てきた。
「いつもの子ねえ、昨日売れちゃったんですよ」
ここに来るたびに顔を合わせていた、中年の女性店員だ。人のよさそうな笑顔と少しふくよかな体型がつくる話しかけやすい雰囲気をいつも纏っている。彼女が弱ったように眉を下げて笑うので、多摩はようやくぎこちない笑顔を浮かべた。
「ああ……やっぱりそうですか……」
「そうなんですよ。お姉さん、可愛がってくれてたのにねえ」
「いや、いやいや。飼い主さんに恵まれたなら、何よりです……私じゃどっちにしろ飼えなかったので……」
「アパート住まいはね。ペットは厳しいよねえ」
「ですねえ」
あはは、と多摩は頬にかかる黒髪をかき揚げて笑った。
「むしろすいません、飼えないのにいっつも見に来ちゃって」
「とんでもない。また来てくださいね」
「ありがとうございます。じゃあ」
気持ちよく手を振って見送ってくれる店員ににこにこと頭を下げてその場から離れると、多摩は手近な喫茶店に入った。お冷を注ぎにきた店員にランチを注文し、メニューを片付けたところで、力尽きたように項垂れる。
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