僕と魔女と小さな家族たち

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 お母さんとの電話の内容は、とても嫌な気持ちになる内容で、結論から言うと、『今度の中間テストの日、学校に来なさい』と言うものだった。  僕の学校は、僕が不登校なことを、あまりよく思っていない。  スクールカウンセラーの人や、保健室の先生は、僕の気持ちを分かってくれるけれど、担任の先生や、学年主任の先生は、『早く学校に来なさい』と言う。  義務教育の中学生でも、テストは受けておいた方が良い。  僕とお母さんは、なんとか家でテストを受けられるように先生を説得出来ないか頑張ったけど、やっぱり、『他の生徒と比べて不公平』だから、学校で試験を受けるようにと決まったそうだ。  久しぶりに聞いた、お母さんの声と、会話の内容で、僕はくにゃくにゃと体の力が抜けて、玉ねぎの皮一枚めくれなくなってしまった。  でも、それ以上、僕よりもずっとずっとショックを受けているのは、百合子さんの方だった。  僕はぐんにゃりと台所の椅子に座っているけれど、百合子さんは二人がけのソファーに上半身だけを預けて、腰から下は、てれん、と床に落ちていた。  クッションに顔をうずめて、「ひーん」とか、「ミーン」とか、独特の悲鳴をあげている。  僕が再来週、学校に行かなければならないのが、そんなに百合子さんにも辛いことなんだろうか……?  僕は少し疑問に思った。  僕は、なんとか背骨一本分だけ力を入れて、思いきって百合子さんに聞いてみた。 「百合子さん、どうしてそんなに元気がないの」 百合子さんは、ぐう、と唸って、クッションから頭を離さずに言った。 「……俊輔が学校に行くということは、君のお母さん、一応、私の妹と言うことになっている女性に、ちょっとは会わないといけないでしょう? そうしたら、『ご飯はちゃんとしたものを食べてるの』とか、『玄関回りも毎日掃除してるの』とか、『紙ごみばっかり溜めたりしてないでしょうね』とか、『畑をやるなら頻繁に草取りや害虫駆除をやりなさい』とか、たくさん、たーくさんお説教されるんだ……」  百合子さんは、濡らした薄い紙みたいに元気が無くなってしまった。こんなに元気が無くなる百合子さんを見るのは初めてで、自分の事も忘れて、ちょっとだけ珍しいものを見る気分になってしまった。  大人も(百合子さんだけかも知れないけど)、叱られたくなくて、ぺなぺなになっちゃったりするんだなあ。  ちょっとだけ元気が出た僕は、椅子を動かして、ソファーでくてんくてんになった百合子さんを眺められる位置に移動した。  百合子さんは、ああ、とか、うう、とか、しばらくうめいていたけれど、突然勢いよく立ち上がった。  そして、シチューに使う予定だった牛乳を、コップにも注がず一気飲みした。 「よーし! こうなったら『箱庭療法』でもやるかぁ!」  百合子さんは、あっ! と言う間に玄関に向かって行ってしまった。 「百合子さんもう夜だよ! それに牛乳! 飲んじゃったらシチューできないよ!」 百合子さんは、玄関先に置いてあったブリキのバケツを持つと、 「畑に出るだけだから、大丈夫! それに夕飯は、材料が似てるからチキンカレーにしてしまおう!」 そう言うと、玄関の扉は大きな音をたてて閉まってしまった。
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