僕と魔女と小さな家族たち

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 その日の天気予報は大当たりで、夜になると森全体を濡らすような、どしゃ降りの雨が降り始めた。  百合子さんは、沢山の雨粒が自分にかかっても気にもしないで、慌てて家を飛び出していく。  夜の雨はあっという間に百合子さんをずぶ濡れにしてしまう。  僕も慌てて、こうもり傘をさして百合子さんを追いかける。 「百合子さん! そんなに走ってどこにいくの!」 百合子さんは、眼鏡のレンズに雨粒をいっぱいくっ付けて言った。 「俊輔! 大変だ! 『俊輔』が、あの子が居なくなってしまった!!!」  僕は、学校に通う中学二年生から、不登校の中学二年生になって、叔母の百合子さんと一緒に暮らすことになった。  百合子さんは、僕のお母さんの姉なので、本当は五十才以上の年齢になるはずなのだけれど、どう見ても二十歳か、それよりもずっと若く見える。  僕は何度も、その理由を百合子さんに尋ねているのだけれど、百合子さんときたら、 「うーん、俊輔がそんなに言うほど若く見えるのは、毎日続けている『健康黒酢』のおかげかもしれない……」 なんて言って、長く編んだ三つ編みの毛先をいじり、はぐらかしてしまう。  ちなみに以前尋ねた時は、『健康黒酢』のところは『新鮮青汁』になっていたし、第一、黒酢も青汁も、一口も飲んでいるところを見たことがない。  いつも着ているジーンズと、黒のタートルネックがトレードマークの、謎と冗談の多い女の人だ。  最近、毎日良い天気が続く。その日の夕食は、牛乳の賞味期限が近かったので、クリームシチューだった。  僕と百合子さんは、一緒に台所に立って、人参や玉ねぎの皮を剥く。カボチャを入れたいけど、カボチャを入れるとホワイトシチューじゃなくなっちゃう、今の時期はカボチャが高いからね、なんて話していたら、百合子さんの家の電話が鳴った。  古いドラマでしか見たことがない黒電話の受話器を、百合子さんが取りに行く。  はいはい、もしもし、なんて百合子さんが挨拶をしている間、僕は玉ねぎの皮を剥き続けた。  少し離れた場所で、百合子さんの声が聞こえた。その声は少しずつ暗くなって、そのあと、 「俊輔、お母さんから電話だよ」 となった。  百合子さんの唇は、真一文字に結ばれていた。
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