【5】

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【5】

 あれから一週間――。 あの日から毎日のように続く小坂の執拗なメールは、悠太郎の精神を容赦なく削っていった。 大雅とも社内で顔を合わせても会話を交わすこともなくなった。ふとした瞬間に大雅が見せる悠太郎を気遣うような眼差しに、居たたまれなくなって何度も警備所に逃げ込んだ。 しかし、悠太郎にとって唯一の救いになっているのは、大雅と電話であんな終わり方をしたにもかかわらず、毎日送られてくる他愛のないメッセージ。 話したいことはたくさんあるにもかかわらず、大雅も悠太郎の機嫌を損なわない程度の短い言葉をあえて選んでいた。 そんな大雅の気遣いと優しさに触れ、悠太郎はそのメッセージが表示されたスマートフォンを抱きしめたまま眠る日が続いていた。 寝返りを打った悠太郎の手の中で不意にスマートフォンが眩い光を発しながら振動し始めた。ビクッと体を強張らせ、恐る恐る液晶画面に表示された名前を見ると、大きく目を見開いたまま息を呑んだ。 深夜二時。なかなか寝付けずにいた悠太郎がやっと微睡み始めた頃だった。 大雅からの安らぎの言葉を届けてくれる反面、冷酷とも思える小坂からの電話を受信するのも、このスマートフォンなのだ。 悠太郎は薄闇の中でゆっくりと体を起こすと、まだ呼び出し続けている画面を見つめ、震える指先で受話ボタンを押した。 「――もしもし」  緊張と不安で喉が張り付き、うまく声が出ない。それでも掠れた声で問いかけると、スピーカーから小坂の下卑た笑い声が聞こえた。 『もう寝てた? 可愛い悠ちゃん……』  何度聞いても背筋が凍るような小坂の声に小さく身震いすると、悠太郎は怒気を含んだ声で言った。 「何時だと思ってるんですか? 寝てたと思うなら電話なんかしてこないでください!」 『随分と冷たいじゃないか……。一緒に気持ちよくなろうって時に』 「え……」  電話の向こう側で微かな音が聞こえる。それはヌチャヌチャと濡れた音を立て、その音と同時に小坂から小さな吐息が漏れ始めた。 (まさか……)  悠太郎は嫌悪感を示すように露骨に顔を歪めた。  その嫌な予感は見事に的中した。小坂は悠太郎と通話しながら自慰をしている。しかも、そのオカズは間違いなく悠太郎の声だ。 『――ハァハァ。悠ちゃんの声聞きながら、俺……何をしてると思う?』 「知りません! 切りますよっ」 『ほら、聞こえるでしょ? 悠ちゃんの事考えてたらチ〇コ勃ってきちゃってね……っん。これ……悠ちゃんに突っこんだらどんだけ気持ちい……いいのかって……ハァハァ……ッ』 「……」  このまま通話を終了させようかと思った。しかし、小坂の事だ。また何度も電話をかけてくるに違いない。それに下手に怒らせると仕事中にもこういったことをしかねない。  悠太郎はスマートフォンを耳から離し、出来るだけ冷静になろうと努めた。 『悠ちゃん……。俺と同じ男なんだから、こういうことするでしょ? あの男のこと考えながらしてるの? ねぇ……』 「――してません」 『あぁ……いっぱい蜜が溢れてきちゃったよ。舐めて……俺のチ〇コ舐めて、綺麗にして……ハァハァ』  自身のモノを扱きながら感極まってきたのか、声に艶っぽいものが混じり始める。  彼の頭の中でどんな妄想が繰り広げられているか、想像しただけでも悍ましい。おそらく、悠太郎に自身のモノを咥えさせ頭を押し付けるように喉奥を犯し、ゆるゆると腰を振りながらニヤついていることだろう。  なぜ、男である悠太郎が小坂の性対象にならなければならないのか。  いつか、大雅と恋人同士になって体を重ねたいと思ったことは否定しない。そんな夢のようなことを考えながら自慰をした夜は数知れず……。だが、それは好きで好きで堪らない相手だからそうしたいと願うのはごく当たり前の思考だ。  小坂は違う。自身の性欲の捌け口が欲しいだけ。悠太郎をストーキングする理由も、そういった歪んだ欲望からのことだろう。 『――悠ちゃんも……自分のを扱いてみせて。いい声……聞かせてよ』  電話越しでも小坂に自身の自慰を聞かせるような真似はしたくない。  悠太郎はスピーカーから洩れる小坂の荒い息遣いと喘ぎに耐えきれず電話を切った。  すぐに電源を落とし、シーツに叩きつけるように投げると、まだ耳の奥に残っている小坂の声に髪を思い切り掻き毟った。 「もう――嫌だっ!」  こんな時、大雅だったら何と言って慰めてくれるだろう。きっと、真っ直ぐに目を見て親身になって話を聞いてくれる。その後で優しく抱き寄せ「もう、大丈夫だから」と耳元で囁いてくれる。  大きな手で何度も頭を撫でて、心地よい低音ボイスで心を癒してくれる。 「大雅……。俺、もう……どうにかなりそうだよ」  小坂の自慰を頭で完全否定しても、イヤらしい音や吐息、艶のある喘ぎ声を聞かされた体は性には逆らえない。奥の方で疼く熱が大雅の事を思うだけで次第に大きくうねり始めた。  ベッドに横たわり、薄闇の天井を凝視する。そこに浮かんだの大雅の優しげな顔だった。 「悠……」  腰の奥に響く甘い声音に誘われるように、悠太郎は穿いていたスウェットパンツのウェストから手を差し入れていた。ボクサーショーツの上からやんわりとその場所を撫でると、ムクリと力を蓄えながら硬さを増す雄芯が薄い生地を押しあげていく。指先に感じる湿り気は、先端から溢れ出した蜜が滲んでいるからだろう。 (これじゃ、小坂と一緒じゃん……)  そこにいない誰かを想い、自身の性欲を満たす。  罪悪感がないわけじゃない。でも――止められない。  悠太郎は煩わしくなったショーツとスウェットパンツを膝まで引き下ろすと、冷えた部屋の空気に晒された雄芯の根元に指を絡ませた。 「――んぁ」  目を閉じて考えるのは大雅の事だけ。実際に体を重ねたことはないが、彼の体温は覚えている。  男性に抱かれたことは一度もない。でも、男同士のセック|スがどういうものかは知っている。  大雅も女性とのセッ|クスは間違いなくあるが、相手が男性となるとおそらく未経験なのではないかと思われる。  もう大雅しか愛せなくなってしまった悠太郎に「抱いて」と言われたら……彼は拒否するだろうか。  男を好きになった悠太郎を見て、どんな顔をするだろう。  悠太郎が一番恐れているのは、ヘテロセクシャルな大雅がそういう性癖を否定し悠太郎を拒むことだった。 幼い頃からいつも一緒で、長年想い続けて来た相手に否定されることほど残酷で惨めで悲しいことはない。 それでも好きになってしまった者の負けなのだ。 「大雅……会いたいよぉ」  断続的な刺激によって先端から溢れた蜜が茎を伝い、クチュクチュと音を立てて悠太郎の手を濡らした。  先程投げつけたスマートフォンに手を伸ばし、そっと電源を入れる。眩い光に目を細めながらアルバムを開く。 そこには悠太郎にしか見せない柔らかな笑みを浮かべる大雅の姿があった。 「あぁ……大雅ぁ……好きいぃぃぃ」  小坂から再び電話が掛ってくる可能性はある。しかし、一度火がついてしまった体を鎮めるには大雅が必要だった。写真も見るだけで彼の体温を思い出し、声が聞きたいと切に思う。  悠太郎は短い息を吐きながら、自身を扱きあげる。絶頂はすぐそこに見えている。しかし、決定的な何かが足りない。  快感を求める脳は時に予想外の指示を出す。悠太郎は液晶画面の上で指を滑らせ、アドレスを表示させて小さく微笑んだ。  躊躇なく発信ボタンをタップして、スピーカホンに切り返る。  暗闇に響く呼び出し音と悠太郎息遣い。そして――。 『――もしもし? 悠……なのか?』  起き抜けの掠れ声ではあったが、間違いなく大雅の声だった。 「夜中にごめん……ね。――んあっ」 『悠……?』 「俺……サイテーな男なんだ。ハァ……ハァ……ッ」  少しの沈黙のあと、大雅の訝るような声が響いた。 『お前……何、してる?』 「オナニー……して、るっ。あぁ……イキそ……っ」  耳のすぐそばで聞こえる大雅の声に、悠太郎は腰を浮かせて足の指でシーツを掴み寄せた。 『――一人なのか?』 「寂しくて……会いたくて……っうぅ。だ……すきなのに……っはぁ」 『悠……』 「た……ぃがの……こと、す……き、あぁ……イク、イク、イク……ッ」  大雅の声に触発され、上下に扱きあげる手の動きが一層早くなる。雄芯がグジュグジュと卑猥な水音を立てて蜜を溢れさせる。  ギュッと閉じた目の裏で光がいくつも点滅する。同時に腰の奥から湧きあがる熱が隘路を一気に駆け上がってきた。 「あぁ……イッちゃう……。俺……っ」  悠太郎が一際甲高い声を上げた時、スマートフォンから実に落ち着いた、でも柔らかで優しい声音が聞こえた。 『――俺も好きだよ』  たった一言だったが、悠太郎が絶頂を迎えるには十分すぎる呼び水だった。 「っひ……イク――ッ!あぁぁぁぁ――っ」  背中を弓なりに反らせ、大量の白濁を飛び散らせて絶頂した悠太郎はしばらく動きを止めた。  内腿がヒクヒクと痙攣し、触れたこともない後孔が収縮を繰り返している。  手に伝う熱い白濁がどろりと下生えを濡らし、薄闇に浮かぶような白い腹にも飛び散っていた。  真っ白になった頭がようやく動き出した頃、ぐったりとシーツに沈むように弛緩した悠太郎の耳元で再びあの声が聞こえた。 『気持ちよかった……? 今度は一緒に……しよう』  やけに遠くで聞こえる大雅の声に、小さく「うん……」と曖昧な返事をして、悠太郎はそのまま意識を失った。  通話が途切れ、スリープモードになった液晶画面が再び光を放つ。  点滅するランプがメールの受信を告げ、短い言葉を表示させた。 『もう寂しい思いはさせない。俺だけの悠でいて……』  こんなに気持ちがいいのはいつ振りだろう――いや、思い出せないところを見ると、今までに経験がないのかもしれない。  心地よい怠さと、小坂の声を上書きするように耳に残る低くて甘い声。  まるで大雅に抱かれているような錯覚さえ起こす。  これは夢――?  夢なら永遠に覚めないでほしい……。  悠太郎は薄い唇に笑みを浮かべたまま深い眠りに落ちていった。
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