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【7】
社内の喧騒とは裏腹に静まり返った地下駐車場に足を踏み入れた悠太郎は、周囲を見回すと足早に指定されたエレベーターホールへと向かった。
南北に延びるA通路の突き当りに位置するエレベーターホールは非常灯があるものの薄暗く、昼間でも居心地が悪い。
普段は気にならない自身の靴音がやけに大きく響き、余計に緊張感が増す。警備所を出た時から徐々に速さを増す鼓動が煩いくらいだ。
こじんまりとしたエレベーターホールの入口のドアが見えた時、そのすぐ傍らに黒いパーカーを着た男の姿が見え、緊張感は一気に高まった。
腰ベルトのホルダーに常備された警戒棒に手を添え、悠太郎はゆっくりとその男のもとへと足を進めた。
悠太郎の気配に気づいた男がわずかに顔を上げる。そこにあったのは、悠太郎と揉み合いになった時に耳元に寄せられた顔だった。正直なところ、小坂の顔を思い出せと言われても記憶が曖昧でハッキリした印象がなかった。しかし改めて見ると、あの時の恐怖が蘇ってくる。
悠太郎よりも背が高く、色が白くてほっそりとした頬が神経質そうな印象を与える。だが、特別老けているという感じではない。整っているせいか、見た感じでは三十代半ばといった風体だ。
「――来てくれたんだ? 嬉しいよ」
掠れた声で唇を曲げて笑う姿。あの夜、電話の向こう側でも同じ顔をしていたのかと思うと背筋が冷たくなってくる。わずかに歯を見せた下卑た笑い……。
目深に被ったパーカーの奥から覗いた鋭い目が悠太郎を捉えた。
「約束して……下さい。あの人には二度と近づかないと」
「それは悠ちゃん次第じゃないのかな……。俺は欲張りだから、欲しいと思った時に満たされないのはイヤなんだよね」
「――それって、あなたの要求には逆らうなってことですか?」
「俺は悠ちゃんとエッチしたいだけ……。男の性欲なんて、いつ何時起こるか分からないだろ?」
小坂はおどけたように笑って、悠太郎のそばに足を進めた。顔と同じように細く骨ばった指が悠太郎の頬に添えられる。
輪郭を確かめるように指先で撫でる小坂から目を逸らした悠太郎の耳元に顔を寄せ、今までない硬質な声で囁かれる。
「俺のモノになって……溺れろ」
ゾクリ……。
全身に鳥肌が立ち、警戒棒に沿えていた手が震え始める。
この歳になって小坂が言わんとする意味を理解出来ない訳がない。彼が望むのは――従順な性処理人形。
最初は拒んでも、いつしか彼の手管に溺れ、彼なしでは生きられない体に変えられる。人間は一度快楽を覚えると、それ以上のものを求め貪るようになる。
男から与えられる快楽を未だ知らない悠太郎の体がそれを覚えてしまったら……。
頬から首筋を這うように撫でる小坂の手の冷たさと相まって、悠太郎は自身の体温が徐々に失われていくように思えた。
視界が一瞬ぐらりと揺れ、軽い眩暈を覚える。
「――禁欲的なこの制服を脱がすのって堪らなく興奮する。警備員が勤務時間中にイケないことしちゃうんだよ……? 悠ちゃんの可愛い顔、もっと見せて……」
「さ、さわる……なっ」
彼の指が動くたびに無意識に肩が跳ねる。その様子に何かを感じ取ったのか、小坂は悠太郎を覗き込むように見つめてきた。
「触らなきゃイヤらしいこと出来ないだろ? もしかして……男とするの、初めて?」
小坂に図星をさされ、悠太郎の顔がピンク色に染まった。この男にだけは知られたくないと虚勢を張っていたが、その頑張りも虚しく呆気なくバレてしまった。
「そ、そんなこと……ない」
震える声で言い返すが、小坂はフードの奥で満面の笑みを浮かべた。
「悠ちゃんの処女……。ウフフ……楽しみだね。優しくして欲しい? それとも……無茶苦茶に犯されたい?」
小坂の指が胸を掠め、着ていた制服のボタンにかかる。金色のボタンを一つ、また一つと外していく様は、怯える子羊をどう料理しようかと吟味するコックにも見えた。
片手でボタンを外し、もう片方の手は悠太郎の右手を軽く押さえている。この程度なら振り払って逃げることなど造作もない。しかし、悠太郎にはそれが出来なかった。
武術の試合で自分よりも体格のいい男たちと何度も向き合い、その身体をいとも簡単に捻じ伏せてきたはずの体がまったく動かないのだ。
試合と実戦は違う――とは教えられたが、これほど体が動かなくなるとは予想もしていなかった。それだけじゃない、膝が小刻みに震え立ていることもままならない。
「――どうした? 急に黙り込んで……。俺は泣き叫ぶ悠ちゃんを無理やり犯したいって思ってたのに」
「やめ……ろ」
「ん? 得意の武術で投げ飛ばしてみる?――それが出来るならね」
恐怖で竦んだ悠太郎を見透かし、更に煽るかのように笑う小坂の手がブレザーの下のワイシャツの上を這う。
何かを探すかのように動いていた手が、不意に胸の一点で止まった。
そこは、小ぶりだが小坂の物理的な刺激によって反応した突起がワイシャツの薄い生地を押し上げていた。
「ここ……自分で触ったことある? オナニーする時、ここ……捏ね繰り回したりする?」
「する……わけ、ないだろ……っ」
「嘘……だね。ほら……俺が触れただけで硬くなってきてるの……分かるかな?」
爪の先で突起をピンッと弾いた小坂に、反射的に腰が揺らぐ。
決して感じているわけではないが、耳元で囁かれる性欲を煽るようなイヤらしい言葉と、巧みにいい場所を探し当てる小坂の指先によって悠太郎は確実に誘われていた。
指の腹で執拗に片方の突起ばかりを捏ねる小坂に、悠太郎は噛みしめていた唇を緩めてしまった。
「んぁ……っ」
小さな声ではあったが、自分でも信じられない声が吐息と共に口を衝いて漏れた。
咄嗟に掌で口元を覆い誤魔化したが、小坂の反応は嬉々としていた。
悠太郎の腕を掴んでいた手に力が入り、引き摺る様にエレベーターホールのドアを開けた。
正面の壁に押さえつけられた悠太郎は、小坂の表情が先程と違っていることに気付いた。
呼吸は荒く、目も幾分血走っているように見える。何より、悠太郎を見つめる視線の熱量が格段に上がっている。
(これって……マジなヤツ!)
「ハァハァ……。悠ちゃん、いい声で啼くね? もっと啼かせてもいい?」
「やだ……っ。放せっ」
「本当は気持ちいい……って言ってごらん。俺を煽って楽しんでるの?」
「煽って……なんか、ない! やだ……っ! 触るなっ」
脚の間に強引に割り込ませた小坂の腿の内側がやけに熱い。悠太郎の腿に硬い膨らみが当たる。それが小坂の昂ぶりだと気づいた時、瞠目したまま動けなくなった。
ゆったりとした薄手のタックパンツの生地を押し上げ、強く主張する小坂のペニ|スは悠太郎が想像していたものよりも大きく熱かった。
他人のペ|ニスに触れたことなど一度もないが、これほどの熱量と硬度であれば太さも尋常ではないはずだ。そんなもので後孔を貫かれると考えただけで卒倒しそうになる。
身じろぐたびにベルトに装着された器具がカチャカチャと鳴る。それが気に障ったのか、小坂は悠太郎の下肢に手を伸ばすと、器用にベルトを緩め始めた。
「やめろ! やだ――っ」
その間にもワイシャツのボタンを外し、露わになった胸元に掌を這わす。
胸の突起に指先が触れただけで、思わず漏れてしまいそうになる吐息を我慢しながら、天井を仰いだ悠太郎は
スラックスのファスナーが下ろされたことに気付き、小さく悲鳴を上げた。
「ひぃ!」
前立てを寛げられ、そこから忍んだ手がわずかに膨らんだモノの形をなぞる様にボクサーブリーフの上を行き来する。小坂の愛撫に、嫌悪感とは裏腹に力を持ち始めてしまっている愚息が恨めしい。
カリの部分を執拗に指で挟みこんでくる彼に、悠太郎は涙目で首を横に振った。
「ヤダヤダ……。も……触っちゃ、ダメ……だって!――んっ」
同じ男であればどこをどうすれば気持ちがいいかおおよその見当はつく。それを探る様に小坂の指が動くたびに徐々に湿った音が下肢から聞こえ始めた。
クチュクチュ……ッ。
粘度のあるものをわざと指に絡ませて楽しむかのように、小坂は悠太郎の真っ赤に染まった顔を見下ろしながら笑った。
「イヤらしい音……。もう、下着が濡れてきちゃったよ?」
「ちが……っ。これは、違う! んふっ」
「何が違うの? 気持ちいいから蜜が溢れてるんでしょ? 我慢してないで声、出しなよ……」
ワイシャツを邪魔だと言わんばかりにはだけ、胸の突起をきつく摘まみあげる。
「ひっ! やだぁ……痛いっ」
「だんだん気持ちよくなるよ……。俺、こう見えても初めての子には優しいんだよ。じっくり時間をかけて愛してあげる……。ビショビショになった下着が気持ち悪いでしょ? 悠ちゃんのチ〇コ、綺麗に舐めてあげるからね……。後ろの孔はその後で……フフッ」
「やだ……あぁ……っ。もぅ……さわる、な……っふ」
壁に縫い止められているはずなのに、腰が揺れ徐々に前に突き出すような格好になっていく。
小坂の愛撫で感じてしまっている体が疎ましい。しかし、普段の自慰でも腰が痺れるほどの快感は味わっていない。それでも、昨夜の大雅を思っての自慰ほどの快感はまだない。それだけが唯一の救いだった。
骨ばった長い指がボクサーブリーフのウェスト部分からゆっくりと侵入を開始する。それを拒むように腰を左右にくねらすが、それが小坂を余計に煽っていたことに気付く余裕はなかった。
ひんやりとした手が熱を持った雄茎に触れる。たったそれだけなのに、悠太郎は顎を上向けてそれまで溜めていた息を吐息と共に吐き出した。
「あぁぁ――っ」
先端から溢れた出した蜜を下生えに塗りつけるように小坂の手が下着の中で動くたびに、悠太郎は頬は上気させ、目を潤ませた。
「ビショビショ……。イヤらしい子だね……悠ちゃん。俺の思った通りの淫乱処女だ」
「ちが……っ。やだ……そんなんじゃ、ない!――っ、ふあぁぁぁ」
濡れて茎に張り付く下着を下ろされると、弾かれるように雄茎が飛び出した。血管を浮き立たせ、充血したそれは間違いなく小坂から与えられた愛撫で育ったものだった。
「発展途上の処女をじわじわと調教して、快楽なしではいられないメスに堕とすのは堪らない……。安心して……俺がちゃ~んと仕込んであげるから。あの男が悔しがって涙するくらいにイヤらしい体にしてあげる」
小坂の手がすっかり勃ち上がった悠太郎の雄茎をやんわりと握り、クチュクチュと音を立てながら上下に扱きあげる。
カリの部分を締め付ける絶妙な力加減に、さすがの悠太郎も息を呑んだ。
昨夜の名残か、はたまた今朝の大雅のせいか……。腰の奥で燻っていた甘い疼きが次第に大きなうねりへと変わっていく。
ざらついた塗装が施された壁に背中が擦れるわずかな刺激でも、今の悠太郎には十分な快楽要素になっていた。
「はぁ……はぁ……んっ! やめ……て、も……出ちゃう……からぁ」
「もう出ちゃうの? 感じやすいんだね……悠ちゃんは」
「ダメ……ホント、で……出ちゃう……っ。――んっ」
奥歯を食いしばり、大雅の顔を思い出しながら必死に射精感をやり過ごそうとするが、今朝目の当たりにした大雅の声や香水の香りばかりが頭をよぎり、余計に腰が揺れてしまう。
あの低音で名前を呼ばれたら……。あの大きな手で脇腹を撫でられたら……。
そう想像するだけで、自然と声が漏れてしまう。
小坂の手で扱かれてイキたくない! しかし、現実は悠太郎に対して非情だった。
「出していいよ……。俺の口の中に……」
「ひぃ……っ。やだ……! 絶対にださ……なぃ!」
「我慢出来るの? もうビクビク脈打ってるよ? こんなに真っ赤に充血して……早く出したいでしょ? 気持ちよくなりたいでしょ?」
「やだ……。ヤダヤダッ! お前の前でなんか……ぜ、ったいに……い、イカな……あぁ――っ」
内腿がブルブルと震え、腰がうちあげられた魚のように大きく跳ねる。
一瞬、頭の中が真っ白になって目の裏で火花が散った。
「どうした? 悠ちゃん……」
優しく問いかける声音が悠太郎の喉を震わせた。蜜を次々と溢れさせている鈴口に爪を立てた小坂はその場に膝しゃがみ込むと、先端からトプリと溢れ出た白濁交じりの蜜に舌先を伸ばし、上目づかいで悠太郎を見つめた。
「ほら……。俺の舌にぶちまけて……。悠ちゃんの精|液、いっぱい出して」
「い……やっ」
悠太郎がすごい形相で首を左右に振った時、小坂の舌がカリから先端に掛けて舐め上げた。
その瞬間、腰の奥で渦巻いていた灼熱が隘路を一気に駆け上がり、悠太郎の雄茎を一際膨張させた。
「う――あぁぁぁぁ! で、出る……イク、イク……イッちゃう……っ。も……やだぁぁぁぁ! ――っぐぅ!」
何かが弾け飛んだ――そうとしか認識していない。
腰の奥から突き上げた甘い痺れが全身に広がり、脳髄を一瞬で痺れさせた。何も考えられないほど真っ白になった空間に金色の火花がいくつも散った。
この上ない解放感と、揺れたまま止まらない腰に悠太郎は困惑する余裕もなかった。
悠太郎が放った精|液が小坂の顔に飛び散る。それを味わうように何度も舌で拭い、頬に残った滴さえも指で掬うようにして口に含んだ。
「――美味しいよ、悠ちゃん」
満足そうに目を細める小坂の前で、悠太郎は凭れていた壁に背中を擦る様にしてその場に崩れ落ちた。
だらしなく足を投げ出し、膝まで下ろされたスラックスから覗くのは、ビクビクと小さく痙攣を繰り返している雄茎。それが徐々に力を失って下生えの上に横たわる。
先端から溢れ出した白濁が糸を引きながら腿の間を伝い落ち、床に小さな液溜りを作った。
小坂はそんな悠太郎を見下ろすようにして、まだこびりついたままの口元の白濁を乱暴に拭うと薄い唇を歪めて笑った。
「いい格好だな……。ゾクゾクする……」
焦点が定まらない虚ろな目で目の前に立つ小坂を見上げた悠太郎は、力の入らない体を起こそうと試みるが無駄な抵抗に終わった。
小坂はポケットからスマートフォンを取り出すと、おもむろにそのレンズを悠太郎に向けてシャッター音を響かせた。
「――これ、アイツに見せたらどういう反応するかな。ククッ……」
「それ……だけは、やめ、ろ」
「口ごたえ出来る立場か? お前は今日から俺のペットだぞ」
「そんな……。お前の……ペッ……トに、な……か、ならないっ」
「そう言っていられるのも今のうちだけだ。これをばら撒かれたくなかったら素直に俺の言う事に従うんだな」
スマートフォンの画面を悠太郎の目の前でチラつかせた小坂が、それをズボンのポケットにねじ込んだ時だった。
「――おい! そこで何をしているっ!」
野太い声が静まり返った駐車場に響き、小坂が声のした方を振り返って小さく舌打ちをした。
そして、悠太郎を一瞥してから駐車場の出口の方へと走り去っていく。それを追いかけようとした警備員が壁に凭れかかっている悠太郎に気付き、その足を止めた。
「悠ちゃん……! 何があったの? あの男は一体……っ」
大きく目を見開いたまま、両手で口元を覆ったのは大雅と打ち合わせをしていたはずの北原だった。
上司である北原にこんな醜態をさらす羽目になるとは思いもよらなかった。快感の余韻で痺れたままの頭の中は思考が鈍り、何をどうすればいいのか分からない。
ぼんやりと不安そうに見おろす北原を見上げ、悠太郎は力なく笑った。
「すみません……北原さん」
「ねぇ、あの男に何をされたの? どうして私を呼ばなかった? 悠ちゃんがこんな……っ。私、どうしたらいい?」
「だ、大丈夫……です」
「これのどこが大丈夫なのよっ! あぁ……久保園社長になんて報告すればいい?」
北原の口から大雅の名が出た瞬間、悠太郎は北原のスラックスの裾を掴んで首を振った。
「言わないで……。社長には、黙ってて……お願い」
「悠ちゃん……」
傍らに落ちた帽子を引寄せ、乱れた栗色の髪に乗せる。俯くと長い前髪が悠太郎の表情を隠した。
閉じた瞼から涙が一筋流れ落ちる。
誰にも触れられることのなかった自身の雄茎は卑劣な男――小坂に穢された。
もう、大雅を好きでいられない。こんな穢れた体を誰が好きだと言ってくれるだろう。
「――俺、淫乱……なんです。男なら……誰でも……」
「悠ちゃん、何を言って……」
「俺がアイツを誘ったんです……。気持よくして……くれる、って言った……から」
驚きを隠せないという顔で問い詰めた北原の言葉を遮り、悠太郎は自ら犯した罪だと告げた。
北原との付き合いは長い。こんな嘘を真に受けるとは思っていない。でも――今はこう言うしかなかった。
大雅を守るために。そして――小坂を守るために。
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