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美術室____
授業が終わり、校庭では運動部の声がしていた。それもいつの間にか、聞こえなくなって辺りは薄暗くなり始めていた。
美術部の顧問が「そろそろ終わりにしようか」と言った。
美術部の部員は、六名プラス、幽霊部員の俺入れて七名。各々、自由に絵を描いていた。俺以外の部員が、席を立ち片付け始めた。
「もりちゃん、もうちょっといい?」俺は、数学教論兼、美術部顧問の森川に声を掛けた。
「誰が森ちゃんだ」
俺の頭をグーでグリグリしてくる。いつも、ジャージ姿で無表情。この学校では、若手の先生だ。クールで飄々としている森川は、噂で聞いた話によると、女子生徒達に人気だとか。
「痛っあはは…まあ、いいじゃん」
「後、三十分だけな」
「え、いいの?」
「先生、職員室に戻らないといけないから戸締りよろしくな」森川は、俺に美術室の鍵を渡した。
「了解」俺は、森川から鍵を受け取った。
「島沢、おまえも早く帰れよ。手、怪我してんだから」
「はいはーい」
部活の練習に、左手を負傷してしまった。念の為、病院で診察を受けたら、完全に治るまで一週間は安静だと診断された。
最初の三日くらいは、部活に出ていたけど、練習しているみんなの姿を見るのは正直辛い。自分の不注意で、怪我してしまったのは自業自得だ。だけど、やっぱり悔しい。
今回のレギュラー逃したな……
俺は、包帯が巻かれた左手に目をやり、小さくため息を吐いた。
完治するまで、部活を休部することにしたけど、暇過ぎて、滅多に行かない美術部に完治するまでの間だけ、参加もいいかと顧問に聞くと、「いつでも来てくれて構わない」とあの無表情な森川か微笑んだ。
実は、俺の父親が画家だったって、かあーちゃんから聞いた。その父親を、森川が知ってるっぽいのだ。
俺の父親、先生の推しの画家? なのかな……
塗った色に、水を含ませた筆で色をぼかしていく。乾いたら、また色を塗り、ぼかしてを繰り返す。俺は、こうやって描くのが好きだ。
父親は、油絵の画家だった。だからって、わざと水彩画にしたわけじゃないけど。
俺は、スマホで調べた花の写真を見ながら、水を含ませた筆で、色を取りパレットに広げた。
随分前の話、ずっと気になっていた匂いを辿ると、賢次の家の庭に一際目立つ花があった。それは、庭の一番奥なのに、その特徴的な花のせいで目に留まった。
「なぁ、あの花なんてゆーの?」俺は、縁側で隣に座る賢次に聞いた。
「え…上側が白で、下の方がピンクのやつ?」賢次は、俺の指差した方へ向いた。
「そうそう」
「あんま詳しくないけど、あれだけは、じーちゃんに近づいちゃダメって、言われたから知ってるよ…エンジェルストランペットって花だよ」
「へぇ〜〜」
「花言葉は、愛嬌、愛敬…後、あの花全体に毒があって偽りの魅力、あなたを酔わせる……」賢次は、俺の方をじっと見る。
「ん? 賢次?」
賢次は、首を横に振り「……なんでもない」と言って微笑んだ。
俺が名前を覚えている花の一つ。賢次が教えてくれたんだっけ……
「たけちゃん、やっぱここにいた」賢次は、開いている扉から美術室へ入ってきた。
「ああってゆーか、なんで分かったんだよ…ここにいるなんて一言も言ってない」俺は、賢次の方へ顔を向けた。
「美術室に、明かりが点いてたからここかなって」賢次は、相変わらずイケメン全開で笑った。
「怖っ! 変な感働かすな!せっかく黙ってたのに!」
「へへ…たけちゃんにだけだよ」賢次は、満面の笑顔で俺の方へ歩いてくる。
また、そうやって恥ずいこと……
「ああ、そうですか。見つかった俺は、ダッセぇですけど?」
「たけちゃんは、ダサくない」
「ダッセぇだろ…不注意で怪我してさぁ…しかもみんな頑張ってんのに見てんの辛いとか」
ダッセぇじゃん……
「健は、ダサくないよ。今回の試合に向けてめちゃめちゃ頑張ってたし、辛いのも悔しいのも俺…分かるから……」賢次は、俺の左手にそっと触れた。
「痛い?」
「今は痛くない」俺は、賢次の方へ目線を上げた。
なんで、賢次が辛そうな顔してんだよ…怪我してんの俺なのに……
「痛くないから…離せって」俺は、涙が溢れそうになるのを必死に堪えた。
このままだと泣いちまうじゃねーか……
「そそうだ! これ預かったから…ん、ほら……」俺は、鞄から手紙を取り、賢次の方を見ないで手紙を差し出した。
「……たけちゃん…今どんな気持ちか分かる?」
「え? どんなって……嬉しいんじゃねーの?」俺は、なかなか受け取らない賢次へ目線をやった。さっきよりも、辛そうな顔で俺を見てる。
「健は、何にも分かってない」
「は? 分からねーよ。モテるやつの気持ちなんて知るかよ」俺は、筆を水入れに突っ込み、賢次の手を取って手紙を握らせた。その手を賢次は、机の上に叩きつけた。
「一番に思われたい人に、誰だか知らない人の手紙を渡される俺の気持ち…俺は、健が好きなんだよ! 俺のこと考えてくれるって、言ってくれたから待つつもりだった。けど、何も変わってない! 俺は……俺以外のやつが好きな人と話してるだけで嫉妬するし、それが勝己や茂樹でも嫌だ! 健は、そんな俺の気持ち分かんないだろう!」賢次は、俺の後頭部を掴み引き寄せた。
やばっキスされる!
俺は、ぎゅっと目を閉じた。数秒経っても来ない感触に、閉じた目を薄っすら開けた。賢次は、俺を覗き込んでいてそれと目が合う。賢次の潤んだ瞳から、涙が溢れ頬を伝って落ちていく。
「ごめん……」
「え……? おい、賢次?」
賢次は、頬を伝う涙を手で拭って足早に美術室から出て行ってしまった。
「……なんなんだよあいつ」
そんな怒ることないじゃん……
俺は、スケッチブックとパレットを閉じて鞄へ突っ込んだ。水入れと筆を洗い、元の場所へ戻し美術室の鍵を閉めた。
俺が悪いのか? 賢次がモテるのは昔からだし、そんなやつの気持ちなんて分かるわけない。
俺は、職員室に鍵を届けて学校の外へ出た。暗くなった月のない夜空を見上げる。
考えるって確かに言ったけど何を?
賢次は、俺が好きで、俺は、賢次が好きかってこと?
わっかんね……!
俺は、頭を抱えて髪をくしゃくしゃやりながら帰り道を歩いた。
「あ……」
この匂い……
あの花の匂いがする。賢次が教えてくれた、エンジェルストスランペットという花の名前。和名は、キダチチョウセンアサガオ。
あの頃からあいつは、俺のこと好きだったのかな……
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