カリソメ

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最近、毎日が忙しい。 結婚したのが2年前。子供が生まれて1年。1歳になった我が子は愛おしい。まだまだ泣き虫で、言葉を少し覚えた程度だけど、二本足で歩き出した時の感動は忘れられない。日々少しずつ成長していると感じられて癒される。 「ほら。あーんして」 「あーん!」 今日は機嫌がいいみたい。言った通りに口を大きく開けてハンバーグを食べてくれる。 もう少ししたらイヤイヤ期がくるんだろうな。そうしたらこんなにすんなりとご飯の時間も終わらないと思う。ネットで見る子育て日記を思い出しては、少し先の未来に不安を感じる。 「はい!上手に食べたね〜!偉いね〜!」 「ひゃあい!」 褒めると嬉しそうな声を出す。天使だ。 食べた後の食器を下げて洗い物をはじめた。すると足に息子が縋り付く。手と口は拭いたけど、服は食べこぼしでぐちゃぐちゃだ。私のズボンに汚れが付く。仕方ない、子供と一緒にあとで着替えよう。 「はい!バンザーイ!」 「あーい!」 服を脱がす。順調。でもここでハプニング。新しい服は息子の好きなペンギンのイラストがある服にしたけど……。 「はい、お着替えだよー」 「や!」 今日はペンギンの気分じゃないらしい。さて、何なら着てくれるかな。 「じゃあゾウさんにする?」 「や!」 「こっちの赤い服はかな?」 「や!ん!」 結局、息子が指差したのは最初のペンギンだった。ワガママなところもまだ可愛いで済んでいる。 さてさて。着替えて遊んだらお昼寝の時間。たっぷり遊んだらいつのまにか寝てくれている。ここから主婦の仕事。洗濯物を取り込んで、夕飯の準備をしなくちゃ。 (今日の夕飯はなにがいいかな〜……) あ。と、目に付いたのは福神漬け。一昨日のカレーの余りだ。 福神漬けにはちょっと懐かしいエピソードがある。5年前まで、私は漫画家になるためアルバイト生活をしていた。ペンネームは本名の 『田原 恵子』をもじって『タラ メグミ』。全然売れない漫画だった。お金に困った時は福神漬けとご飯だけでしのいでいたっけ。福神漬けは貧乏食の代表だ。あの頃が懐かしい。あの頃描いていた漫画はまだ持っている。 もう、私には漫画は描けない。 中学生の頃、好きな作家の作品に憧れて漫画家を夢見るようになった。独学で絵の勉強をして、大学生の頃から度々賞に応募もするようになる。大学三年の頃に小さな賞の優秀賞に選ばれた。それがきっかけで自信がつき、次こそ優勝だと意気込んで卒業後も漫画を書き続けた。 でも、それからは一度も佳作にも選ばれない日々が続く。 アラサーになった5年前。私はとうとう漫画家という職業を諦めて一般企業に就職をした。趣味の範囲で漫画を描くことは続けていたけど、今は恋人ができて赤ちゃんを産んで…… 描く時間がなくなったというのも原因の一つ。でも一番大きいのは私が変わったこと。見える世界が違うこと。 もう、あの時の、5年前の私とは変わってしまった。 母性と理性が膨らんで、新しい私を作った。 昔の……世界を穿って見ていた私は取り込まれて、消えてしまった。夢は夢でしかなくなって、現実だけがクローズアップされている。 もう、浮かんでこなくなった。 空を駆ける少女も、剣を振る勇者も、共に戦ってくれる仲間も、世界を飲み込もうとする闇も……何も、浮かんでこない。想像できるのは現実的なことだけだ。 自分ですら、自分の作品が面白くない事実に気づいてしまった。 「うぅ〜」 「……ふふっ」 それでも、いい。 さようなら、今までの私。生きてくよ、これからの私。 可愛い我が子と、大切な家族と一緒に。 end
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