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夏休みも終わり、九月になった。僕は、普通の会社員をしている同年代の人たちよりも、自由の多い夏を過ごしていた。
僕の仕事は、高校の古文の教員だ。別になにかの部活の顧問をしているわけでもなかったから、夏休みの間は、旅行に出かけることが多かった。
色んな土地へ出向き、その土地にゆかりのある場所へ行き、日本のルーツをたどるのが僕の趣味だ。
九月一日になり、生徒たちも登校してくる。九月は暦上秋ではあるが、まだ暑く、蒸し暑い。職員室にはエアコンが付いているけど、教室や、始業式をする体育館にはエアコンは付いていない。僕は長袖のカッターシャツに、ジーンズ姿で始業式に参加したが、コットンのハンカチをずっと手に握っていた。
始業式が終わり、僕は職員室に戻った。久しぶりに見る先生方の顔を見て、日焼けしている体育の先生や、化粧を変えた医務の先生を見ると、各々、色んな夏休みを過ごしていたのだろうと予想が付いた。
自分の席に着くと、そこには一通の手紙が僕宛てに届いていた。
ピンク色をした洋型一号の形状をした封筒だった。それを手に取ると、宛先人を見た。
僕はそれを見ると、驚いた。手に取ったその封筒を落としそうになり、慌てて、もう一度宛先人を見た。
『笹川純也、真奈美』
僕は硬直しながらも、そこに書いてあった名前を見て、嫌でも胸さわぎが起こる。
この笹川純也、という人物はよく知っている。それに、連名になっている真奈美という人物もよく知っていた。
僕が手紙を持ったまま、じっと動かないでいたからか、隣の席の数学の先生が、僕の方を覗き込み、
「手紙、開けないんですか?」
と、不思議そうに僕に問いかけてきた。僕ははっとして、
「あ、ええ。開けます」
言って、机の引き出しからハサミを取り出すとその封を切った。すると、中から出てきたのは、結婚式の招待状と、一通の便せんだった。
正直、結婚式の招待状が入っているのは驚かなかった。むしろ、やっとこの二人は結婚することにしたのかと安堵しているくらいだった。ただ、僕にとって、そのことよりも、この二人の名前を見て、過去を思い出すことが嫌だった。
結婚してくれたことに安堵することと、過去を思い出すことは延長線上にあることだけど、僕にとっては、今の自分の自信の無さを刻んでしまった、彼らと過ごした高校時代を思い出すことにも繋がり、それが嫌だったのだ。
白いエンボス加工がされた招待状を机に置くと、便せんを広げた。すると、それを書いたのは、どうやら真奈美の方だということがすぐに分かった。見慣れたその文字は、十年以上経った今も変わってはいなかった。
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