10話

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10話

月野さんの意味深な発言が気になって、彼が一番おすすめだと言ってくれたビーフシチューの味も、いまいちよく分からないまま完食してしまった。 「じゃあ、また来ますね。」 「また2人でおいで。」 「ご馳走様でした。」 店を出て、一度車を月野さんの自宅へ置きに行く。 彼の家からも、星が綺麗に見えていて、車を降りた私はしばらく空を眺めた。 「ここからでも、案外綺麗に見えるでしょう?」 「はい。やっぱり街灯があまり無いからですかね?」 「そうですね。この辺は灯りが少ないので。でも、あの高台の方が綺麗に見えるのは間違いないですよ。」 月野さんは微笑みながら、車から荷物を下ろして両手に持った。 自分の分は自分で、と思って受け取ろうとすると、何故か渡してもらえない。 「女性に荷物持ちなんてさせられません。」 「でも、私の荷物ですから。」 「ダメです。僕は男なので、これぐらいの荷物はどうって事ないですから。ね?」 「じゃあ…すみません。」 「いいえ。お安いご用ですよ。」 細身の月野さんだけど、重そうな自分の荷物と私の荷物の両方を持っても、平然としている。 折り畳みのイスは肩にかけてるし… 案外力持ちなのかな。 彼と一緒に数分歩いて、高台へと登る。 「すみません、陽花里さん。イスを広げてもらってもいいですか?」 月野さんの言葉に、私は慌てて月野さんの肩から折り畳みのイスを下ろし、地面に広げる。 広げたイスの上に荷物を置いて空を見上げた彼は、なんだか嬉しそう。 同じように見上げると、さっきよりも近く感じる空には、きらきらと星が輝いている。 視線を彼に向けると、こちらを見ていたらしい月野さんと目が合って、2人で笑い合った。 「そういえば、陽花里さんは今日の流星群は何かご存知ですか?」 2人でイスに腰かけた後、彼の質問に私の頭には?が浮かぶ。 それを感じ取ったのか、彼が相好を崩した。 「そういう顔も可愛らしいですね。今日は、オリオン座流星群なんですよ。」 今、最初にサラッとびっくりする事言われたような… 「オリオン座はご存知ですか?」 「聞いたことぐらいは…」 「オリオンは、神話では狩人として有名なんですよ。ただ、そのお話は悲しい物語なんです。」 「悲しい?」 彼が話してくれた神話は、想像するだけで胸が締め付けられる話だった。 “狩りの名人だったオリオンは、月と狩りの女神アルテミスと仲が良く、2人でよく狩猟に出かけていた。アルテミスはオリオンに惹かれていたが、彼女は純潔の女神であり、アルテミスの兄アポロンは妹を言い聞かせようとした。しかし、アルテミスの気持ちが治らないと見て取るや、一計を案じる。川にオリオンがいるのを見て、日の光を当て黄金色に輝かせた後、弓の名手であるアルテミスを挑発し、何も知らないままオリオンを的に矢を射らせた。自分が射殺したのが、愛するオリオンだと知ったアルテミスは嘆き悲しみ、父ゼウスに、せめて彼を空にあげてほしいと願い、オリオンは星座となった。” 自分が殺したのが、愛する人だったと知った時のアルテミスの気持ちを考えると、辛いどころの話じゃない。 私だったら、きっとお兄ちゃんを一生恨む。 あまりにも残酷な話に顔を歪めていると、月野さんが優しく頭を数回撫でてくれた。 「陽花里さんは、感情移入しやすいタイプなんですね。」 「想像すると、悲しくて…」 「実はオリオンには、もう一つ神話があるんですよ。」 「もう一つ?」 「ええ。オリオンは、とても体が大きく力持ちだったんです。彼が力自慢をするようになってしまい、こらしめようとした女神ヘラが彼の足元に蠍を放ったんです。」 「蠍?」 「ええ。蠍には毒があるでしょう?流石のオリオンも蠍の毒には敵わなくて、それで命を落とした、とも言われているんです。」 え。死因が2つ? 「面白いですよね。オリオン座は、蠍座が夜空に輝いている夏には姿を現さないので、そう言われているのかもしれません。」 「なんだか、さっきのお話とオリオンの印象が変わってしまいました。」 「そうでしょう?神話って面白いんですよ。」 「月野さんは、神話もお好きなんですか?」 「そうですね。最初は仕事で覚えたんですけど、今では本を読んだりもしています。ちなみに、あそこに見えるのがオリオン座ですよ。」 月野さんの指し示す方を見るけど、いまいち分からない。 どれだろう? 「赤く光る星と、白く光る星が目立ってると思うんですが…見つかりました?」 「う~ん…?」 その方角を見つめて必死に探していると、突然目の前に、指で作った四角形が現れた。 「え…?」 「陽花里さんからなら、この辺り…かな?この四角の中覗いてみてください。丁度陽花里さんから見て、オリオン座が入るようになってると思います。…多分。」 その声が、自分の丁度真後ろから聞こえる。 顔を挟むように後ろから回された腕に、落ち着かない。 ドキドキして、星を見る余裕なんてない。 「陽花里さん?見えました?」 その声で我に返った私は、慌てて指で作られた四角を覗く。 赤い星、赤い星… 集中するように唱えながら見ると、丁度四角の隅っこに赤く輝く星が見えた。 「あ!ありました!」 「良かった。じゃあ、その星の右下の辺りに、白く輝いて見える星があるのも分かりますか?」 「えっと…はい。それも見つけました。」 そう言うと、彼の腕がスッと離れて行った。 何故か少し、寂しさを感じてしまって、頭を横に振る。 何を考えているの、私は。 月野さんは、星を見つけやすくしてくれただけじゃない。 「陽花里さん?どうかしました?」 「あ、いえ。ありがとうございました。すぐに見つけられました。」 「良かった。あ、そろそろ流れ星のピークの時間ですね。」 彼の言葉に、再び空に目を向ける。 …さっきのことが頭を離れなくて、集中できない。 心臓が、異常な速さで鼓動している。 思わずため息を吐くと、月野さんが私を見た。 「疲れちゃいました?」 「あ…いえ、そういうわけじゃ。」 「陽花里さん、無理はしないでくださいね。疲れたり眠くなったら、すぐに言ってください。」 そう言って、持ってきていたブランケットを膝にかけてくれる。 「防寒もしっかりとしないと、風邪ひいちゃいますから。」 「ありがとうございます。」 本当に、優しすぎるぐらい優しいな。 月野さんも、誰にでも優しいんだろうな、きっと。 私に優しくしてくれるのも、それが理由。 彼の、性格。 「あ!陽花里さん。今流れましたよ!」 燥ぐような笑顔で振り返った彼に、胸の奥の痛みを隠して微笑み返した。
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