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11話
さすがにそろそろ帰ろうか、となった真夜中。
私は、月野さんの車に乗ってから、何も話せないでいた。
もう、これで会う理由も、無くなっちゃったな。
その事が何だか悲しい。
「陽花里さん、どうかしましたか?」
「あ、いえ…何でもないですよ。」
「眠たかったら寝ていいですよ。」
シートを倒して寝るように促される。
本当に寝てしまおうかな。
そうすれば、何も考えずに済む。
だけど、そんなときに限って眠くならない。
結局、ずっと喋らないまま、車は目的地へと辿り着いた。
「着きましたよ。」
「…ありがとうございました。」
「陽花里さん。来月も、大きな流星群があるんです。また、一緒に見に行きませんか?」
「え?でも…」
「ダメですか?」
「いえ、ダメとかじゃなくて…!いいんですか?また、一緒に見に行っても。」
「もちろんですよ。むしろ一緒に見に行ってください。僕は、陽花里さんと一緒に見たいんです。」
その言葉に、私は自然と口角が上がるのを感じた。
「…嬉しいです。私で良ければ、見たいです。月野さんと一緒に流星群。」
「良かった。プラネタリウムにも来てくださいね。今度また、夜間投影もありますし。」
「絶対行きますね。楽しみにしてます。」
「僕も、楽しみにしてます。また、連絡しますね。」
「はい。おやすみなさい。」
さっきまであんなに沈んでいた気持ちが、不思議と軽い。
部屋に戻って鏡を見ると、そこには笑顔の私が映っていた。
**********
それからというもの、私は定期的にプラネタリウムを訪れるようになった。
基本的には1人だけど、時々好美さんや、好美さんの旦那さんも交えて行くこともあった。
やっぱり、前に好美さんが言っていた人は月野さんだったようで、月野さんもすごく驚いていた。
世間は狭いですね、って皆で笑い合ったのが、つい最近のことみたいに思える。
流星群の時には、あの高台で彼と2人で過ごすのが定番。
夜空を見ながら神話を聞くのが、私は大好きだった。
彼といる時間が長くなって、彼といるのが当たり前のようになって。
月野さんの隣で過ごすのは、居心地が良かった。
いつも優しい彼に、どんどん惹かれていくのが分かった。
好美さんには、もう付き合っちゃえばいいのよ、なんて揶揄われたりして。
はぐらかしながらも、満更ではない気持ちだったのかもしれない。
年が明けて、寒かった季節も終わり、温かくなってきた頃。
春らしい陽気に包まれたある日、会社帰りの駅で見た光景に、私は自分がまた、同じことを繰り返していることを痛感した。
駅前の広く開いたスペースに入ってきた一台の車に見覚えがあって、何気なく眺めていると、助手席から降りてきたのは、とても可愛い女の人で。
その向こうに見えたのは…月野さんだった。
いつもと同じ、優しく笑いかける笑顔は、私に見せるものと同じに見える。
お辞儀をして駅へと入っていった彼女が見えなくなってから、月野さんは車を発進させた。
…そっか。
私、また同じ勘違いしてたのかもしれない。
月野さんも私の事、好きなのかもしれないって。
彼も、誰にでも優しい人だって、忘れてた。
バカだな、私。
あんなに分かってたのに。
優しい人を好きになったら、傷つくだけだって。
”ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。”
あの言葉が、月野さんの声と姿で再生される。
…彼にとって、私は特別でもなんでもない。
周りにいる沢山の人と同じ。
その事実に、胸が押しつぶされそうだった。
どうやって自宅に帰ったんだろう。
気付いたら、暗い部屋の中、ソファーに座ってボーッとしていた。
今は、何もしたくない。
ソファーに横になろうとした時、電話の鳴る音がした。
画面を見ると、月野さんの名前。
今一番、声を聴きたくない人。
だけど、丁度いいのかもしれない。
「…もしもし。」
「陽花里さん、僕です。今大丈夫ですか?」
「…はい。」
「実は、来週流星群があるんです。1月からしばらく無かったでしょう?久しぶりに見に行きませんか?」
今までと同じ優しい声。
だけどそれは、私が特別だからじゃない。
「…もう、行きません。」
「え?」
「…もう、あなたとは、会えません。」
「どうして…僕、陽花里さんに何かしましたか?」
「いいえ。月野さんは何も…ただ私が…」
私が、あなたを好きだから。
好きになってしまったから。
自分だけに向けられるわけじゃない優しさを感じるのは、もう、辛い。
月野さんは本当に優しいけど…その優しさは、私には残酷すぎる。
「…ごめんなさい。さよなら…っ」
「陽花里さっ…」
電話を切って、クッションをギュっと抱きしめる。
「ふっ…ぅう~っ…」
我慢しようとしても、次から次へと涙が流れ落ちてくる。
泣きすぎて、息が苦しい。
こんなに泣いたのは、月野さんの前で泣いた、あの日以来だった。
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