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14話
咲夜さんの唇が離れて行った後、私は思わず体を震わせてしまった。
…ちょっと、寒いかもしれない。
いくら咲夜さんに抱き締められているといっても、この時間はさすがに冷える。
「少し、冷えてきてしまいましたね。今日は防寒具とかは持ってきていないので…もうこんな時間ですし、とりあえず車に行きましょうか。」
咲夜さんの腕が無くなり、更に寒さが増した気がする。
でも、すぐに取られた手は温かい。
下に止めてある車まで、私達は一度も手を離さずに歩いた。
車に乗り込むと、車内の空気も冷たくて、咲夜さんがすぐに暖房を入れてくれる。
少しづつ温まる空気に、ホッと息を吐いた。
「あの…陽花里さん。明日はその…お仕事、お休みです、よね?」
「?お休みですよ。」
「じゃあ…このまま、家に来ませんか?」
「え…?」
「あ、その、別に変なことを考えてるとかじゃなくて!いや、全く考えてないというと嘘になるかな…でも、陽花里さんの嫌がることは、絶対にしないと約束するので。……まだ、離れたくないんです。」
咲夜さんの言葉に、鼓動が早まったのが分かった。
彼なら、きっと本当に、私が嫌がったら何もしないんだろうな。
でも私は…そういうことになってもいいと思ってる。
「私も、まだ離れたくないです。だから…咲夜さんのお家に、連れて行ってください。」
「っ…分かりました。」
私の答えに、少し驚いたような顔をしながらも、嬉しそうにはにかんだ彼は、車を静かに発進させた。
何度か駐車場には訪れた事がある彼の家。
亡くなったお祖母さんとお祖父さんが住んでいたお家を、少し改装して住んでいるという平屋の一軒家。
中に入るのはこれが初めてで、ちょっと緊張してしまう。
そもそも、男性のお家に入ること自体、かなり久しぶり。
「ちょっと散らかってますけど、ゆっくり座っててくださいね。今温かい飲み物持ってきます。」
「あ、私もお手伝いします。」
「大丈夫ですから、座っててください。」
リビングのソファーに促されて、3人掛けの端っこに座る。
中のインテリアは、和風モダンかな。
咲夜さんと同じで、優しくて落ち着く印象の部屋は、居心地良くて長居しちゃいそう。
「お待たせしました。陽花里さん?そんな端っこじゃなくて、もっとこっちに来てください。」
カップを置いた彼に手招きされる。
真ん中に近づくと、ピッタリと横に寄り添うように座った彼に、手を握られる。
絡められた指に、ちょっと照れてしまう。
「陽花里さんの手は、小さいですね。小さくて可愛いです。」
「そうですか?咲夜さんの手は、大きいのにスラっとしてて、羨ましいです。」
「ふふっ、羨ましいんですか?」
握る手に少しだけ力を込めた彼は、私の肩に頭を預けてきた。
その甘えるような仕草に、胸がきゅっとなる。
「陽花里さんとこうしていられるなんて、本当に嬉しいな。いつも、こんな風に寄り添えたらって思ってたから…流れ星に、何度願ったか。」
「そうだったんですか?」
「…いつもいつも、陽花里さんと一緒に見ながら、願ってたんです。陽花里さんと恋人になれるようにって。」
そんなこと全然分からなかった。
「本当に、願いが叶って良かった…」
ゆっくりと体を起こした彼に見つめられる。
優しいのに、熱の篭った視線から、目が離せない。
軽く触れた唇はすぐに離れていくけど、またすぐに戻ってきて…
何度も何度も触れ合うと、唇の温度が、同じになった気がした。
「ダメですね…僕。一度触れたら、すぐにまた陽花里さんに触れたくなってしまう。」
「…私は、嬉しいです。」
ちょっと恥ずかしいけど、本音。
咲夜さんに触れられるのは、ドキドキするけど、不思議と安心もする。
「そんなこと言われたら…」
「え?」
「いえ…そうだ。陽花里さん、一緒にプラネタリウム見ましょうか。前に陽花里さんがプレゼントしてくれたでしょう?あれ、一緒に見たいなってずっと思ってたんです。」
「いいんですか?」
「ええ、もちろん。今は寝室に置いてあるんですけど、こっちに持ってきますね。」
嬉しいな。
あれを咲夜さんと一緒に見れるなんて。
買った時は、誰か他の人と見るのを想像して、辛くなってたのに。
少しすると、咲夜さんが球状のプラネタリウムを持ってきた。
壁に投影しようとするけど、家具があってなかなかうまくいかない。
「天井だと、首が痛くなってしまいますよね…どうしようかな。」
「いっそのこと、床に寝そべっちゃいます?」
「床は冷たいし痛いですから、そんなこと陽花里さんにさせるわけにはいきませんよ。かといって、絨毯の上は2人で横になるにはスペースが狭いですからね…」
「2人で横になって見れる所か、家具のない壁…」
「あるには、ありますが…」
どこか迷うような表情の咲夜さん。
少し逡巡した後、彼に連れてこられた部屋。
「…ここなら、天井に投影して、寝ながら見ることは出来ます。いつも、僕がそうしてるので。」
大きめのベッドが真ん中に置かれているこの部屋は、きっと彼の寝室。
「私は、いいですよ。」
「え…でも…」
「一緒に見ましょう?ここで、2人で。」
「…分かりました。準備するので、ベッドに座って少し待っててください。」
少し戸惑いながらも、咲夜さんはプラネタリウムを天井に投影してくれた。
2人で並んでベッドに横になると、天井に綺麗な星空が広がっている。
「綺麗ですね。家庭用とは思えない。」
「僕もそう思います。もちろん、本物の星空には敵わないですけど、家の中でこれが見れるのは贅沢ですよね。」
「本当に。……これを買った時は、まさか私が一緒に見れるなんて、思ってなかったです。」
「え?」
「あの時は、咲夜さんのことを好きになりたくないって思ってたから、誰かとこれを使ってくださいって言おうと思ってたんですよ。だけど、それを想像したら胸が痛くて…言えなかった、そんな事。」
「陽花里さん…」
「だから、これを咲夜さんと一緒に見るのが私で、本当に嬉しいです。」
そう伝えると、手をぎゅっと握られた。
触れているのは手だけなのに、そこからじわじわと全身に熱が広がっていく。
自分で、ここでいい、とは言ったけど…
彼の匂いがするベッドと、彼の温度で、ドキドキが止まらない。
…でも、もっと、くっつきたい。
彼の方に視線を向けると、思いがけず目が合った。
いつもの優しい視線じゃない。
こっちまで伝わってくるような熱い視線が、彼の欲情を伝えてきている。
「あの…」
「…陽花里さん。今すぐ、僕から離れてください。じゃないと僕…」
「…嫌です。離れません。」
「でも今、ものすごく余裕がなくて…」
「…いいです。」
「いいですって…途中で止まれない、ですよ?」
「大丈夫です。それに…私も、もっと咲夜さんとくっつきたい、です。」
言ってしまってから、自分から誘うような言葉に恥ずかしくなって顔を隠すと、その手をゆっくりと外される。
「顔、見せて…?」
「だめ、です…今多分、真っ赤だから…」
「うん。真っ赤…すごく、可愛い…」
頬に、鼻先に、おでこに⋯顔中にキスの雨が降ってくる。
「陽花里さん…いい、ですか?」
「…はい。」
そう答えると、少し遠慮がちに、彼が覆いかぶさってきた。
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