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17話
あの日から、私達は正式にお付き合いを始めた。
それを伝えた時、好美さんは凄く喜んでくれた。
「良かった…!2人ともお互いに好きなのが分かってたから、あのまますれ違うなんて悲しいと思ってたのよ。余計な事したかなって思ってたけど、陽花里ちゃんの幸せそうな笑顔が見れて本当に良かった。」
私の手をぎゅっと握りしめて、そう言ってくれた好美さんの目は少し潤んでいて…私も、泣きそうになった。
まだ一緒に仕事を始めてから、1年しか経っていない私の、しかもプライベートな事をこんなに喜んでくれる人がいる。
あの時転職してここへ来て、本当に良かったと思った。
ーーーーーーあれから4か月。
私は、ほぼ毎日仕事帰りに、咲夜さんの家に寄っていた。
一緒に晩ご飯を食べて少しゆっくりしたら、咲夜さんに車で送ってもらったり、そのままお泊りすることもある。
彼と居る時間は、本当に穏やかで。
敬語もかなり抜けて、2人で居る時の空気感もだいぶ変化してきている。
「陽花里さん、こっちおいで。」
晩ご飯を食べ終わって後片付けが終わると、咲夜さんは必ず私を手招きする。
最初の内は、何だろう?と思っていたけど、今ではもう何が起こるか分かってる。
ソファーに座った咲夜さんの所に行くと、足の上に座らされて、そのまま後ろから抱きしめられる。
咲夜さんは、これがとても好きらしい。
「はあ~…落ち着く。」
「ふふっ。これが落ち着くの?」
「うん。…あの日、陽花里さんをようやく掴まえられた時も、こうやって後ろから抱きしめてたから。何だかすごく落ち着くんだ。」
そっか。そういう理由だったんだ。
「そういえば、陽花里さんはお盆の予定って入ってる?」
「特には何もないけど…実家に帰るのも混んで大変そうだから、時期をずらそうかなって思ってるし。」
「それじゃあ、そのまま予定空けておいてね。」
お盆に何かあるのかな?
不思議に思って振り向くと、笑顔の咲夜さんと出会う。
「流れ星、見に行こう。丁度お盆にピークなんだ。」
「そうなんだ。楽しみにしてるね!」
「うん。」
何だかいつも以上に嬉しそうな咲夜さんが少し気になった。
今までも何度も見に行ってるのに。
特別な流星群なのかな?
ジッと見つめてみるけど、表情を崩さない咲夜さんからは、何も読み取れない。
代わりに、近づいて来た唇にあっという間に熱を上げられ、何も考えられなくなった。
時間と共に、気にしていた事も忘れ、約束していた日が来た。
「そういえば、今日は何の流星群なの?」
「…ペルセウスだよ。」
「あれ?」
何だかその名前、聞いたことがあるような…。
星の事は、まだまだ覚えられていないし、いつ何の流星群があるのかとかも分かってない筈なんだけど。
どこで聞いたんだろう?
悩みながら辿り着いたいつもの高台。
慣れたように、折り畳みのイスに2人で座って、星を眺める。
「夏の夜は、丁度いい気温だね。」
「油断しちゃダメだよ。こういう高台は、深夜になると夏でも気温がグッと下がるから風邪ひくよ。涼しくなったらちゃんと上着着てね。」
「はーい。ふふっ。」
「あ、その顔は油断しまくってるな。風邪ひいても知らないよ?」
「あ、うそうそ、ごめんなさい。」
2人で笑い合いながら、こういうやり取りを出来るのが、すごく楽しくて幸せだな。
夜空を見上げ始めてしばらくすると、いくつかの流れ星が現れ始めた。
「そろそろピーク?」
「そうだね。そろそろかな。」
見上げていると、流れ星の現れる感覚が短くなってきている。
「綺麗だね。」
「…」
「?」
珍しく返事を返さない咲夜さんに、隣を見ると、彼は何故か夜空ではなく私を見ている。
「どうしたの…?」
「…ねえ、陽花里さん。ペルセウスの神話って覚えてる?」
「ペルセウスの神話?」
「陽花里さんが、初めて夜間投影に参加した時に、僕が話した神話だよ。」
「あ!」
そうだ。思い出した。
ペルセウスって、その時に聞いたんだ。
そしてあの日、私は先輩とのことを咲夜さんに聞いてもらって、大泣きしたんだった。
「あの時、陽花里さん言ってたでしょう?私にとってペルセウスだった先輩のアンドロメダは自分じゃなかったって。」
悲劇のアンドロメダを助けたペルセウスはアンドロメダと結婚して幸せになった。
確かそういう話だったよね。
その話を聞いて、私は気付いていなかった自分の感情に気付いたんだった。
「…今は?」
「え?」
「今の陽花里さんにとってのペルセウスは、誰?」
「…そんなの、咲夜さんに決まってるでしょ?」
しっかりと目を見て伝えると、ホッとしたように、良かった、と呟いた彼は、徐に立ち上がった。
どうしたのかな、と見ていると、持ってきた荷物を探っている。
目的の物を見つけたのか、手にそれを持ったまま、何故か私の座る椅子の前に、目線を合わせるように屈みこんだ。
「僕にとってのアンドロメダは、出会ったあの日からずっと陽花里さんだった。だから、陽花里さんの言葉できちんと聞いておきたくて。変な事聞いてごめんね。」
その言葉に、私は首を振る。
今でも先輩の事を…、とか、そんなことを思っているわけではないと分かってるから。
「…今日、本当はこれを渡すのが一番の目的だったんだ。受け取ってくれる?」
差し出されたのは、手に持っていた小さな箱。
丁寧にリボンのかけられたそれは、夜空を思わせる黒に近い濃紺。
リボンを解いて、手触りの良い箱を開けると、中には一粒のダイヤモンドがキラキラと光る指輪。
ハッとして咲夜さんを見ると、すごく優しい笑顔で見つめられていた。
「この指輪ね、”夜空に咲く星の光”って言うんだって。それを聞いた時、陽花里さんに渡すのはこれしかないなって思った。…太川陽花里さん、僕と、結婚してくれませんか?」
指輪の入った箱を持つ手が、そっと握られる。
その手を握り返して、私は一つ、深呼吸をした。
返事は、あの日から決まっていて、それは今でも変わらない。
「…不束者ですが、よろしくお願いします。」
「…ありがとう。2人で幸せになろうね。」
「うん。」
「愛してるよ…陽花里。」
「私も愛してるよ、咲夜さん。」
近づいて来る気配に目を閉じると、軽く触れあった唇はすぐに離れて行く。
ちょっと寂しいな、と思っていると、それが伝わったのか、クスリと笑われてしまった。
「それ、貸して?」
箱から指輪を抜き取った彼は、私の左手の薬指に付けてくれる。
満足そうにそれを見ていると、再び近づいて来る気配。
今度はなかなか離れて行かない彼の首に、腕を回してぎゅっと抱き着くと、途端に濃厚な口付けになる。
息苦しさに薄っすらと開けた目に見えたのは、自分の指で夜空の星以上にキラキラ光る、大切な贈り物だった。
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