6話

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6話

中に入ると、既に結構な人が入っていた。 月野さんの言っていた通り、家族で来ている人や1人の人も割と多い。 カップルシートもあるみたい。 館内はちょっとだけ薄暗くて、映画館とかの明るさに似てる。 指定されたシートを探して座ると、天井を見上げてみる。 丸い屋根の形そのまま。 ここに星が映るのかな。 楽しみ。 どんな感じなんだろう。 ちょっとワクワクしながら、開演の時間を待っていると、館内の明かりが落とされた。 「本日は、夜の星座ツアーにお越し下さりありがとうございます。それでは早速、ここにいる皆さんと一緒に秋の夜空を散歩していきましょう。」 あれ…この声もしかして… 「ところで皆さんは、普段どのくらい空を見上げているでしょうか。夕焼けから夜空に変わる頃、何をしていますか?お家にいるでしょうか。お母さんは晩ご飯の支度に忙しいかもしれませんね。まだ会社にいる人もいるでしょう。部活をしている子供達も多いでしょうね。意識をしないと、中々空を見上げる事はないかもしれません。秋になると、夜空に変わる時間が早くなるのはご存じの方も多いと思いますが…」 やっぱりこの声、月野さんだ。 てっきり機械音声だとばかり思ってた。 月野さんの説明で、天井に夕焼け空が映し出される。 少しづつ空が暗くなっていく様子に、惹きつけられる。 「夜空に星が輝き始めましたね。実は秋は、明るい星が少なくなるので、星座を見つけるのが難しく感じてしまうかもしれません。」 季節によって、星の明るさって変わるんだ。 知らなかったな。 毎日同じだと思ってた。 月野さんが、私でも知っている、占いに出てくる星座の見つけ方を説明してくれる。 この季節に見られるのは、やぎ座、みずがめ座、うお座、おひつじ座、おうし座らしい。 秋なのに、うお座とかおひつじ座とかも見られるんだ。 本当私って、何にも知らないな…。 私が少し自己嫌悪になっていると、星座の形に星が結ばれていく。 線で結ばれた星の形は、不思議な記号に見える。 最初にこういうの見つけた人って凄いな。 濃紺の夜空に浮かぶ星座を見ながら、途方もなく昔の偉人に尊敬の念を抱いた頃、次の星座の話へと変わった。 「次は北の空を見ていきましょう。今光っているのが、有名なカシオペヤ座です。アルファベットのМの形に見えますよね。その左側にペルセウス座、その右斜め下にアンドロメダ座、ペガスス座があります。探すときは、ペガスス座から探すのがおすすめです。というのも、ペガスス座には、秋の四辺形と呼ばれる胴体の部分があり…」 ペガスス座?ペガサス座じゃなくて…? 月野さんが言い間違えたわけでは無さそうだな。 だって、他のお客さんは普通に聞き続けてるもの。 ペガサスだとばかり思ってた。 その後も、月野さんの星座発見の説明は続いていくけど、私はまさかのウトウトと居眠り。 ハッと目を覚ました時には、ほとんど星座発見の説明が終わっていた。 月野さんの声、穏やかで本当落ち着くから…しかも、丁度いい暗さだし、夜空だから癒されるし… なんて、心の中で言い訳をしてみる。 「まだこの季節は、早い時間であれば、西の夜空に夏の大三角が見えたりもするので、ぜひ探してみてください。」 秋の夜空なのに、夏のも見えるんだ。 本当、空って不思議。 「では最後に、先程説明したアンドロメダ座、カシオペヤ座、ペガスス座、ペルセウス座の神話をお話したいと思います。有名な話なので、聞いたこともあるかもしれませんね。ぜひ、夜空の4つの星座を見ながら、神話の世界に浸ってみてください。」 神話? 星座って、神話があるんだ。 興味がないとこうも知らない物なのね… 「古代エチオピア王家には、アンドロメダという、とても美しい姫がいました。アンドロメダは、父ケフェウス王と、母カシオペヤの自慢の娘でした。彼女の美しさは国内外に広まっており、特に美しさの自慢が好きな母のカシオペヤは鼻高々。ついには、私の娘は海の妖精達よりも美しい、と自慢して回りました。」 へえ。アンドロメダってお姫様なんだ。 お母さんに自慢されるほどの美しさって、よっぽどね。 「その話を聞き、怒ったのが海の神ポセイドンでした。海の妖精達は自分の孫娘。妻も元々は海の妖精でした。愛しい妻や孫達を人間に馬鹿にされては黙っていられません。ポセイドンは、カシオペヤを懲らしめるため、化けクジラをエチオピア海岸に仕向けました。」 そりゃあ、自分の奥さんや孫を貶されたら怒るよね… 「化けクジラが海岸に現れると、津波を起こして農作物を押し流したり、人々に襲い掛かったりします。エチオピアの国内は大混乱に陥りました。困り果てた王は、海の神ポセイドンの怒りを静めるため、アンドロメダを化けクジラの生贄に捧げろというお告げに、泣く泣く従うことにしたのです。」 えー! お母さんのせいで、娘が生贄って…娘何もしてないのに、悲しすぎる。 「海岸の岩に鎖で繋がれたアンドロメダが恐怖に震えていると、海が波立ち始めて、ついに化けクジラが姿を現しました。姿を見せた化けクジラは、大きな口を開けて近づいてきます。もう駄目。アンドロメダはそう思い、恐怖に目を閉じました。」 え…まさか食べられちゃう…? 「その時でした。馬の嘶きが聞こえたかと思うと、空から1人の若者が舞い降りてきました。それは、天馬ペガススに跨ったペルセウスでした。ペルセウス は、王に難題を持ちかけられ、戦いの神アテナ達の助力により、怪物メデューサの首を討伐した帰りでした。」 メデューサって、髪の毛が蛇の化け物だったかな。 なんかそれは聞いたことある。 「ペルセウスはアンドロメダの美しさに一目惚れしてしまいます。アンドロメダから、化けクジラの生贄になっているという話を聞いたペルセウスは、目を見た物は恐ろしさで石になってしまうというメデューサの首を、化けクジラに向かって掲げました。すると、化けクジラはあっという間に巨大な岩になり、海の底に沈んでいきました。助けられたアンドロメダは勇者ペルセウスと結婚し、幸せに暮らしたのでした。」 アンドロメダが救われて幸せになったことに、思わずホッとしてしまう。 近くにいた女の子も、喜んでいるのが分かった。 「星座の神話には、色々なお話があります。空を見上げながら、その季節に見える星座の物語に思いを馳せてみるのも、素敵な時間ではないでしょうか。」 その言葉を最後に、照明がついて館内が明るくなった。 「以上で、終了となります。忘れ物が無いようにご注意ください。照明が暗めになっているので、足元に気を付けてお帰り下さい。」 周りの人は次々と立って帰っていく中、私はまだ座っていた。 月野さんの語りが上手すぎて、話しに引き込まれてしまって余韻がすごい。 でもそれだけじゃないようなこの感じ。 なんか、心に引っかかってる。 結局、最後の1人になるまで立ち上がれないでいると、月野さんがやってきた。 「陽花里さん?どうかしましたか?もしかして、どこか具合でも…」 心配そうに見る月野さんに、私は首を振ることしか出来ない。 言葉が上手く出てこない。 なんて言えばいいのか… 「え、陽花里さん?!何で泣いてるんですか?どこか痛むとか?」 え…? 月野さんの言葉に、自分の頬を触ると、濡れていた。 どうして私、涙なんか… 「大丈夫ですか?」 「あ、ごめんなさい。私…」 「どこか痛いとか、そういうわけではない、ですよね?」 「はい。大丈夫です。」 「では、どうして?」 どうしてなんだろう。 あの神話の話を聞いて、アンドロメダが助かって、幸せになれて良かったなって思って… でも、そこで何かが引っかかって。 …ああ、なんだ。そっか。 そっか、私。 「ふふ…私、嫉妬、してたんだ。」 「え?陽花里さん?」 月野さんが不思議そうに見ている中、私は泣きながら笑っていた。
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