8話

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8話

「…さん。陽花里さん。着きましたよ。」 「ん…?あれ…月野さん…?」 「ふふ、寝ぼけてますか?お家に着きましたよ。」 お家…? ……… あ!そうだ。私あの後、月野さんに車で送ってもらってたんだ。 あんなに寝ないぞって思ってたのに、結局寝ちゃってるし。 「すみません。私結局寝て…」 「構いませんよ。僕としては、陽花里さんの可愛い寝顔が見れたので得した気分です。」 「もう。月野さん、普段は優しいのに、時々意地悪なんですね。」 さっきも、寝ないでくださいね、とか、すぐ寝ると思ってるとか言われたし。 「意地悪してるつもりはないですよ。…本音ですから。」 「え?」 思わず月野さんを見ると、顔は笑ってるのに、その目はどこか真剣味を帯びていて、ドキッとする。 咄嗟に言葉が出なくて、しばらく見つめ合っていると、月野さんがクスッと笑っていつもの優しい表情になった。 「…前に言っていた流星群なんですけど、来週の土曜日がピークなんです。陽花里さんお仕事は?」 「来週は、休み、です。」 「そうですか。じゃあ、迎えに来ますよ。夜は冷えるので、防寒の準備だけしてくださいね。」 「分かりました。」 「じゃあ…おやすみなさい。」 「…おやすみなさい。」 彼に促されるように車を降りた後、ドアを閉める前にもう一度運転席を見る。 「また、直前に連絡しますね。」 その言葉に頷いた私を見て、彼はまた優しく微笑んでくれる。 車が少しづつスピードを上げ走り出す。 私は、遠ざかっていく車が見えなくなるまで、目が離せなかった。 *********** あれから、不思議とあの夢は見なくなった。 ここ最近、あんなに見ていたのが嘘のよう。 月野さんの言う通りだったのかも。 上手く吐き出していれば、あんなに苦しむことも無かったのかな。 だとしても、あんなに泣いて喚いて… 月野さんには、本当に迷惑かけちゃった。 本人は気にしないでって言ってたけど、やっぱり気にしないわけにはいかない。 何かお礼出来る事ないかな… 前回は、一緒に星を見てくれるのがお礼だって言われちゃったし、きっと今回も月野さん自身に聞いたら、大したお礼出来ない気がする。 今回は考えよう、自分で。 お礼を伝えたいなら、私が考えなきゃだよね。 でも、何がいいんだろう。 星を観察するのに使うものとか? でも、何が必要なのか分からない。 うーん… 悩む私の脳裏に、一人の女性が浮かんだ。 そうだ!あの人に相談したら、何かいい案が浮かぶかもしれない。 そう思った私は、翌日早速その人に声をかけた。 「好美さん、今日お昼ご飯の後、ちょっと時間貰ってもいいですか?」 「いいけど、どうしたの?」 「ちょっと相談したいことがあって。」 好美さんは快くOKしてくれて、お昼ご飯の後、二人でコーヒーを片手に屋上へとやってきた。 「で?相談って?」 「実は、お礼をしたい相手がいるんですけど、何がいいのか分からなくて。それで好美さんに相談を、と。」 「あら?何で私?」 「旦那さんが、天体観測が好きだって言われてたので。」 「ということは、その相手の人も天体観測が好きってことかしら。」 「そうなんです。」 「もしかして、男性?」 好美さんが、興味津々という顔で聞いてくる。 「まあ…はい。」 「好きな人?」 「違いますよ!お礼をしたい相手だって言ったじゃないですか。」 「本当かな~?」 「本当です!」 「まあ、そういうことにしといてあげる。で?どんな人なの?」 「え?」 「お相手の事が分からないと、アドバイスのしようがないよ?」 それもそうか。 「えっと…プラネタリウムに勤めてる方で、趣味で天体観測もするみたいなんです。20代後半のすごく穏やかな人で…」 「あら。プラネタリウムって、もしかしてすぐそこの?」 「知ってるんですか?」 「もちろん。旦那に何度も連れて行かれてるもの。あのプラネタリウムで若い男性って確かそんなに…あ!もしかして、眼鏡かけてる?」 「え、はい。」 「長身で黒髪?」 「はい。」 「あの人か!」 「好美さん、その人知ってるんですか?」 「うん、知ってる。旦那がお世話になったからね。」 へー。 世間って狭いんだな。 まさか、身近に月野さんと繋がりがある人がいるなんて。 「あの人なら、陽花里ちゃんを任せても大丈夫ね。ものすごく誠実そうだし。」 「だから、そんなんじゃないですってば。」 「照れなくてもいいのに。でも、何でお礼?」 「…ちょっと、ご迷惑をかけてしまって。」 「迷惑?陽花里ちゃんが?」 「はい。彼は、したくてしたんだから気にしなくていいって言うんですけど、そうもいかなくて。」 「なるほどね。」 好美さんが、うーん、と唸りながら頭を捻っている。 「あ!じゃあ、家庭用のプラネタリウムなんてどう?」 「家庭用のプラネタリウム?そんなのあるんですか?」 「うん。家にもあるんだけどね、これぐらいの丸いやつで、天井に投影するの。そんなに高くもないし、星が好きなら喜んでくれるんじゃない?」 なるほど。家庭用のプラネタリウムか。 そんなのがあるなんて知らなかった。 後でネットで調べてみよう。 「まあでも、話を聞く限り、陽花里ちゃんからなら何でも喜んでくれそうだけどね。」 好美さんが小声で呟くように言った言葉は、私の耳には入らなかった。
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