9話

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9話

自宅へと帰り、早速家庭用プラネタリウムを検索してみる。 値段はピンキリ。 高い物は数万円、安いものだと千円台からある。 高すぎるのは気を遣わせちゃうよね。 かといって、安すぎるのはちょっとなぁ。 うーん、と悩みながらモニターを見つめていると、気付いたらもう寝る時間になっている。 そんなにずっと悩んでいたことに、自分でも驚いた。 結局決まってない。 どうしよう…。 困ったなぁ。来週会った時に渡したいのに。 商品がズラッと並んだページを、次へと進めると、ある商品に目が留まる。 そこには、部屋でプラネタリウムを楽しむカップルの写真が使われていた。 そこまでは、家族の写真が多かったのに。 ただの商品紹介用の写真。 でも、2人でくっついて天井を見上げる姿が、なんだかとても幸せそうに見えて、目が離せなくなった。 月野さんが私の知らない女性と2人で、こんな風に使う姿を想像して、胸がチクリと痛む。 でも私は、その痛みを首を振って無視した。 そんなわけない。 月野さんは、いい人だし優しいけど、それだけ。 これだって…他の女性とこんな風に使っても、別になんとも思わない。 半ば自分に言い聞かせるようにそう思った私は、その勢いで商品を購入した。 値段も手頃だし、これならそんなに高くもないから渡しやすい。 それこそ、誰かと一緒に使って下さいとでも言って渡せばいい。 そう考えたら、また胸がチクリとする。 「そんなこと、あるわけない。月野さんに惹かれてなんて、ない。」 ベッドに潜り込んだ私は、頭まで布団を被って眠ることに集中した。 *********** 翌日、寝不足の顔で出勤した私を見て、好美さんがすかさず近づいて来た。 「陽花里ちゃん、おはよう。どうしたの?何だか眠そうだけど…眠れてないの?」 「好美さん、おはようございます。昨日、例のプレゼントを探してたら遅くなっちゃって。」 「あ~、なるほど。でも、どんな理由でも夜更かしはお肌に大敵よ。ゆっくり休まなきゃ。」 美肌の好美さんに言われると、説得力がありすぎる。 「気を付けます。」 私の言葉に好美さんは、よしよし、と頷いて隣のデスクに座った。 本当は、月野さんのことを考えていたら、眠れなかっただけ。 彼は、今は恋人がいないと言っていたけど、あんなにいい人だからきっとすぐに恋人が出来るはず。 あの優しい笑顔が、他の女性に向けられることを想像したら、眠れなかった。 その週末、あの日注文した商品が届いた。 「うん、いいんじゃない。そこまで大きくもないから、お部屋に置いておくにも邪魔にならなさそう。」 これをラッピングすれば、後は渡すだけ。 約束は、次の土曜日。 それが終われば、もう、会う理由も無くなる。 でも、それでいいのかもしれない。 もうこれで会わない方が、きっといい。 そう思って迎えた土曜日。 夕方月野さんが迎えに来てくれるということで、のんびりと準備をした。 防寒具は絶対に、と言われて、ブランケットやコート、温かいコーヒーも持っていくことにした。 あと、おやつも持っていこう。 荷物を詰めた鞄の隣には、プレゼントの箱。 喜んでくれたらいいな。 そんな気持ちで、箱をポンポンと撫でる。 家の事をしながら準備をしていたら、あっという間に時間は過ぎて、月野さんから、今から行きます、というメッセージが届いた。 それを見て、とにかく今日を楽しもう、という気持ちになった。 いい思い出になるように。 20分程した時、電話が鳴った。 「はい。」 「あ、陽花里さん。僕です。マンションに着きましたよ。」 「分かりました。今から降りますね。」 「ゆっくりでいいですからね。」 その言葉に、思わず笑みが零れてしまう。 いつでも月野さんはこうやって、相手を気遣ってくれる。 電話を切った私は、しっかりとプレゼントを持って、彼の待つ車へと急いだ。 エレベーターを降りて、エントランスを出ると、分かりやすい場所に止まっている車。 私を見つけたのか、月野さんが車から降りて手を振ってくれる。 「陽花里さん。こんばんわ。何だかすごい荷物ですね。」 「こんばんわ。これは…月野さんに渡そうと思って。」 「僕に、ですか?」 「はい。この間、迷惑をかけてしまったので、そのお詫びに。」 「気にしなくていいって言ったのに。僕がしたくてしたんだって言ったでしょう?」 「それでも、やっぱり気にしますよ。だから、受け取ってもらえますか?」 「陽花里さんがそうおっしゃるなら…ありがとうございます。今、開けてみてもいいですか?」 「どうぞ。気に入ってもらえるか、分からないんですけど…」 月野さんは、ワクワクした様子を見せながら、包みを開けていく。 その姿が、少年の様で可愛い。 「これ、家庭用のプラネタリウムですか?」 「はい。月野さん星が好きだから。」 「ありがとうございます。すごく嬉しいです。」 「誰か…」 誰かと一緒に使ってください。 そう言おうと思って、彼の満面の笑顔を見たら、言えなかった。 「陽花里さん?」 「あ、いえ…何でもないです。」 「そうですか?あ、晩御飯なんですけど、僕がよく行くお店で良かったですか?」 「大丈夫ですよ。」 「じゃあ、とりあえずそこに行きましょうか。」 星を見る前に、晩御飯を一緒に食べる事になっていたけど、お店は月野さんに任せていた。 月野さんが言うには、とてもお茶目な店主さんのいる洋食屋さんらしい。 「こじんまりしてるけど、味はとても美味しいんですよ。」 そう言う月野さんの顔を見れば、それが嘘ではない事が分かる。 すごく楽しみだな。 しばらく車を走らせると、目的の高台の近くで停車した。 「ここです。」 そのお店は、本当にこじんまりしてるけど、昔ながらの町の洋食屋さんという感じ。 「こんばんわ。」 「咲夜君いらっしゃい。おや?今日は1人じゃないのかい?」 月野さんの後ろに付いて入った私を見て、口ひげをおしゃれに生やした店主さんが笑みを深めた。 「今日は2人ですよ。」 「こんな別嬪さんを連れてくるなんて、咲夜君も隅におけないな。彼女かい?」 「違いますよ。そういうんじゃありません。…まだ。」 「え?」 彼が最後に付け加えた言葉に、思わず反応してしまう。 「いいね~、その感じ。若いっていいな~羨ましい。」 「まだまだお若いじゃないですか。」 「いやいや、昔はもっと…」 2人の会話は続いているけど、全然頭に入ってこない。 まだ、と彼は言った。 でもその意味は、彼の表情からは読み取れない。 いつもと同じ、穏やかな顔で店主と会話をする月野さんの横顔を、私はずっと見つめていた。
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