1話

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『ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ…』 『彼、誰にでも優しいから…』 もう思い出したくない人。 聞きたくもない声。 でもそれは、時々こうやって夢に現れては、私に思い出させる。 あの失恋を。 「はぁ…また、見ちゃった…」 嫌な夢から覚めた私は、深い溜め息を吐いた。 溜め息と一緒に、この記憶も全て出ていけばいいのに。 そうは思っても、無理な事は分かってる。 特に、自分にとって嫌な記憶は、割と残ってるもんだ。 気分を変えるために、ベッドから出てカーテンを開ける。 朝の光が程よく入ってきて、心地いい。 体を伸ばすと、スッキリした気がする。 「今日もいい天気。でも暑そうだな~…」 朝から燦々と輝いている太陽。 日焼け止め、しっかり塗らなきゃ。 「さて、準備しよう。」 ご飯を食べて、化粧をして、髪をセットして… いつもと同じルーチンをこなして家を出る。 駅へと歩いていると、あの人に似ている人を見かけて、夢の事を思い出した。 本当、嫌になる。 いい加減、もう忘れたいのに。 ーーーあれは、半年以上前。 先輩の男性社員に、私は恋をしていた。 優しくて、困っているといつも助けてくれて。 一緒に残業で残っている時は、お菓子を渡しながら笑ってくれた。 頑張って早く終わろう、って。 体調が悪い時や残業で遅くなり過ぎた時は、心配だからって、家まで送ってくれたこともあった。 だから私は、彼も自分に好意を持ってくれているかもって思って、勇気を出して告白したのに。 『ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。』 振られた時に言われたその言葉が、私の心に棘の様に刺さっている。 じゃあ、一体どんなつもりだったの? 婚約者がいるのに、他の女性にあんなに優しくするのが普通なの? 『彼、誰にでも優しいから、いつか誰かを勘違いさせるって言ってたんだけど…ごめんなさいね。』 同じ会社にいた彼の婚約者に、後で言われた言葉に、悲しさを通り越した。 特別な人がいるなら、あんな風に優しくなんてしてほしくなかった。 勘違いさせるほど優しいってどうなの? …私は、優しい人は、もう好きにならない。 優しさを信じたら、自分が傷つくだけだと知ったから。
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