4話

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4話

「何か言いましたか?」 思わず呟いてしまった言葉に、彼が私を見た。 「いえ、何でもないので、気にしないでください。」 「そう、ですか?」 「はい。あ、ところで、お名前を聞いてもいいですか?」 「名前?あ、そうか。そういえば、まだ自己紹介してませんでしたね。月野咲夜といいます。」 「私は太川陽花里といいます。月野さん、このお礼を今度させてください。」 「え?いえいえ、お礼だなんてそんな!」 首をブンブンと振るから、彼の眼鏡が飛んでいってしまうんじゃないかと心配になってしまう。 「私に付き合ってもらっているんだから、お礼をするのは当然です。それに、色々と教えてもらえて嬉しかったので。」 「そう、なんですか?それは、良かったです。…じゃあ、また今度、一緒に星を見ませんか?近々、また大きな流星群があるんですよ。」 「え、でも、それじゃお礼にならないんじゃ…」 「いいえ。僕、誰かと一緒に星を見るのが、こんなに楽しいと思わなかったんです。だから、次もまた一緒に見てもらえると嬉しいんですが。」 「月野さんが、そうおっしゃるなら…」 「良かった。」 彼が嬉しそうに笑ってくれる。 それを見て、心臓が動きを少し早めたけど、私はそれに気づかないふりをした。 ************ 「ん…」 心地よさから抜け出しきれないまま、何とか目を開けると、少し明るくなり始めた空が見えた。 あれ?私、確か星を見てたはずじゃ… 「目が覚めましたか?」 その声に横を見ると、月野さんが微笑んでいた。 「私…もしかして、眠っちゃいました?」 「すみません。また、僕が話に夢中になっちゃって。退屈させてしまったみたいです。」 その言葉に、意識がなくなる直前のことを思い出した。 そうだ。確か、月野さんと話をしてたんだった。 お互いの事を軽く話して、確かその後、星や宇宙の話をしてたんだ。 その途中で私が寝ちゃったから… 誤解してしまっている彼に、申し訳なく思う。 「いいえ。退屈とか思ってません。ただ、月野さんの声は何だか落ち着くので、眠くなってしまって…」 「え。落ち着きますか?」 「はい。声だけじゃなくて、月野さんの隣にいると落ち着いちゃって…だから、退屈とかじゃないので。誤解させてしまって、ごめんなさい。」 「あ、いえ。それはいいんですが…」 何だか、微妙な顔をしてる? どうしたんだろう。 その時、自分の体に、彼が防寒用に持ってきた上着がかけられていることに気付いた。 「あ。ごめんなさい。月野さん、寒かったんじゃないですか?」 「え?ああ、いえ、大丈夫ですよ。今日は割と暖かかったので。」 上着を慌てて返すと、微笑みながら受け取ってくれて安心する。 さっきの複雑そうな、微妙な表情はなんだったんだろう。 「そろそろ始発が動く時間ですね。」 「そうですね。何だか、不思議な気分です。自分の家に帰るのに、もう帰るんだな、みたいな。」 「旅行の後、みたいな感じですか?」 「そうそう、そんな感じです。」 「それは、陽花里さんにとって、この夜が楽しかったってことですか?」 自然と呼ばれた自分の名前にドキッとした。 でも、嫌な感じはしない。 「…そうですね。いつもと違うこの時間が、楽しかったんだと思います。流れ星も初めて見ましたし。」 私の言葉に、とても嬉しそうに笑ってくれた表情に、思わず見入ってしまう。 年上の男性に対して失礼かもしれないけど、可愛い人だな、と思う。 始発の電車が来る時間になり、駅へと向かった。 大丈夫だと言ったのに、月野さんは駅まで見送りに来てくれた。 「じゃあ、また次の流星群が近づいたら、連絡します。」 「はい。お礼のはずなのに、結局月野さん任せですみません。」 「いいえ。陽花里さんと一緒に見れるのが嬉しいので、それで十分ですよ。」 そういうことを言われると、私はどう反応したらいいのか戸惑ってしまう。 「じゃあ、また。今日はありがとうございました。」 「気を付けて帰って下さいね。」 「はい。」 改札を通って、後ろを何気なく振り返ると、まだ月野さんはそこに居て、優しく笑顔で見送ってくれていた。
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