一話 : ホログラムの宇宙

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一話 : ホログラムの宇宙

人の運命や人生は、生まれてきた家庭で既に決まっている。このぼくも、こうして今まで生きてきた。これは、ぼくと家族のルーツである故郷へ行った時の物語…… 昭和の時代を思う頃、 世の中の不平不満を思いながらの暮らしの中で、稀にホログラム生成機のスイッチを押したかの様に頭の中で鮮明に昔の記憶が蘇ることがある。それは遠い昔の体験で、当時の空気も匂いも人の顔も、はっきりと目の前に現れることがある。 ぼくが生まれた年、その二ヶ月前にアポロ11号が人類初の月面着陸に成功したと知る。 生まれた年の生まれる前の出来事を知るのは、大昔の偉人が歴史に残る事や事件の記録として後から勉強して知るのと同じなので関心がない。 その宇宙船の名前を聞いて身近で思い出すものは、ストロベリーとチョコレートを合体させて形も飽きさせない女性ウケするアポロという名のお菓子が美味しい事くらいだ。 宇宙とお菓子はどういう繋がりがあるかわからないけど、夢のあるお菓子なのかもしれない。 多分、帰還した時の小型船の形を真似たからその名前を拝借した程度だろう。 "人間にとっては小さな一歩だが、 人類にとっては大きな飛躍た。" 人類最初に月面を踏み、そう言ったアポロの船長の言葉だが、ぼくにも名言がある。 "宇宙は広すぎる、 この地球の海は深すぎる……" 今年の夏初めに、海水浴場で溺れかけたのだった……あの時は焦った。 海は行きたい時には近くにある、宇宙は遥かに遠いし自力では行けない未知の世界。加山雄三が海の男と呼ばれるのなら、ぼくは宇宙の男と呼ばれたい。 月夜の晩には夜空をずっと見上げているほど宇宙は好きだ。未知の世界のものには惹かれるし、夜なのに月の灯りで自分の影が出来る事、これを自然の当たり前の現象とは思えないからだ。 真夜中の時間に生家の庭で、空を見上げると銀河系やら何とか〜星雲が目の前に現れて渦を巻き正面から流れて背中の方へ消えていく夢を何度も見る。夢の中ではどこでも、必ず前から後ろへこの壮大で神秘的な光りの風景が流れてゆく、地上で眺めているのにフワフワ浮いて居る様だ。何度も見るこの夢は、何の意味を暗示しているのかぼくにはよくわからない。 たまに、陽が沈んだばかりの廃校になった二階建ての建物らしき教室から窓の外を眺め田畑を挟んでまだ夕焼けが残る星空と、影絵になった山の向こうで砲弾が飛び交い着弾して爆発している、近くの戦場を見ている夢もある。きっとこれは現実で、遠い昔にある場所であった事実が夢に出てきたに違いないと信じている。決して目の当たりにはしたくない体験と光景だけど、夢でタイムスリップをしているだなぁと思うと……すげぇ!と、感じる。 こんな思考になったぼくの教材は、すべて青い猫型ロボットのマンガがバイブルだったからだ。 それと、空が一面雨雲に覆われどんよりとしたその下で、防波堤が高い海の近くでこれも古い建物の中に居て、たぶん旅館らしき部屋から浴衣姿で窓から海を見ていると、荒れ始めた白波が増えていき突然大波となり飲み込まれる瞬間に目が覚めたりもする。無口なぼくは、誰かと会話している夢は少ない、いつも大自然相手だ、カナヅチではないけれど、水の夢は怖いなぁと思う。 どれも、幼い時からの精神的にパンクしそうな時に見た夢なんだろうと自覚している、高いところから飛び降りて地面に着く瞬間に目覚め飛び起きる大人が見る夢と同じかな? まだ記憶にある昔の夢は、鮮明に覚えているくらい現実には夢が無い暮らしだったのかも知れない、ぼくが物心をつく初めての夢だったからよく覚えて忘れられないでいるのかな? 物心をつき始めた無意識の頃は、 物理的なおもちゃより目に見えない音や掌に残らない光に興味を持つのは男の子の定めで、手に入れられないものを欲しがる心は、草陰で獲物を待ち続ける狐の真似をしている様だ。 獲物とは、気に入った音と光を独り占めをして記録として確保できるきっかけを人の代わりに可能にしてくれる機械の事だ。人はとかく忘れやすい動物だから、これで弱点を克服できる、文明万歳!と叫びたくなる。 待ち続けるとは、親がいつかは買ってくれるだろという子どものほんの一握りの希望の時間、現実になるか否かは親のお財布と気分次第、子どもの人生はギャンブルに近い。 待っている気持ちを悟られないように毎日、気にせずに装い過ごす生活の中が草陰になる、心の半隠れと言ったところかな? その頃は、テレビのアニメやらバラエティ番組を記録するものなどぼくたちの様な一般庶民には無かった、貧乏だったからということもあるが。光とは四角い枠に投影される記録した映像の事だ。それは技術的にも、この幼い頭ではその機械を手に入れたとしても何も出来ないだろうから、せめて音だけでもとそれまでに何度か録音出来るものを手に入れたくて親に頼み倒していた。何十回お願いしたか覚えてはいないが、ようやく買ってくれたのが簡単なテープレコーダーだ。子どもでも使えそうなシンプルなもの。子どもには贅沢なおもちゃとは知っている、でもこの世界がとても気になるし大のお気に入りなのだ。 それまでは毎週その曜日、その時間のたった一度だけの楽しみを長い一週間を待ってその瞬間だけの喜びを噛み締めていたが、この機械のお陰で勉強や宿題ではやらなかった復習と繰り返しの作業が可能となったからだ。 何度も何度も、そのためだけに耳を傾け時間を費やす。そしてまた一週間がやってきて新しい音とお馴染みのお気に入りの音を記録し再生する快い時間が過ごせる。 特別にマイクを接続して音を拾ったりはしなかったので、機械が来る前と同じ状態の家族の会話も入ってしまったが、それも失敗とは思わず次なる成功材料となってそれをヒントにDJにも挑戦した。ノリが悪くない姉のお陰でラジオ番組の真似事を一緒にして、後から聴きそれを笑っている時間も増えた。 そんな中、毎年恒例の夏休み帰郷の日がやって来る。 帰郷と言っても実家では無い、 血の繋がった父の兄弟の家に遊びにゆく。物心をつき始めてもあまり意識はしていなかったが、親戚と言えども他の地に暮らす他人の家。 自宅には無い珍しい物や変わったもの……大人にはドライブと帰郷になるが、子どものぼくにとっては古い地図を片手に宝島へ向かう船上にいるようだった…… ヨーソロォーーッ!
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