第4章:今夜は月が綺麗ですね。

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 星叶ちゃんが車で送ってくれたお陰でいつもより早く家に帰ってこれた。  リビングには月詠がいてボーイフレンドから借りている『光る闇』を読んでいる。俺の「ただいま」は華麗にスルーされた。  晩御飯の用意をしようと台所で作業をしていると珍しく父親が帰ってきた。 「ただいま。生しらす買ってきたぞ。もう直ぐ禁漁になるからな。」  近所で直売所があるのでそこで買ってきたようだ。珍しく今日は三人で夕飯を取れるなと思い、親父用のつまみのメニューを考えた。  親父は台所からリビングに移動し、ソファーで本を読む月詠に声をかける。 「懐かしい本読んでいるな。水澤先生の代表作だな。」  有名な本なんだな。俺は彼らの会話に耳をそばだてた。 「お父さん、この本知っているの?」 「ああ、昔読んだことがあるよ。日本人がベトナム戦争について書いた本は当時は珍しかったからな。あと、水澤先生はご近所さんだしね。」  その後、親父はたまには兄貴を手伝えと言ったようで、月詠はしぶしぶ台所に来た。 「あ、しらすだ。生だと苦いんだよな。」顔をしかめて月詠は言う。    茅ヶ崎に来たばかりの頃、月詠は魚が食べられなかった。彼女が幼少期を過ごしたデトロイトがあるミシガン州は湖に囲まれており、新鮮な淡水魚は獲れるのだが食卓に出るのは稀だったようで要は食わず嫌いだった。    小五になり体重が増えだしてから、肉より魚がヘルシーだと知り魚嫌いを克服できたが、生しらすのように今でも苦手な魚がいくつかある。 「親父が買ってきたんだ。生姜をかけると食べやすくなるよ。そこに皮切った生姜があるからすりおろしてくれる?」  返事は言わず月詠は黙々と作業をした。  生しらす、秋刀魚の塩焼き、大根とイカの煮付けなど海の幸メインのおかずを食卓に並べると親父は嬉しそうにビールを開けた。 「鉄羅、料理上手だな。どこで覚えたんだ。」 「ネットで見たレシピだけど、基本焼いたり煮ただけだぞ。あ、生姜は月詠が用意してくれたんだ。」 「有難う。茅ヶ崎は相模湾のお陰で色んな魚が獲れるんだ。急に深くなる構造だから深海魚だっている。とにかく若い頃から良質なたんぱく質を摂取できるのは素晴らしい。」  今日の親父は機嫌がいいな。研究が順調なのか、もしくは単純に3人で夕飯を食べるのが嬉しいのかもしれない。 「月詠、『光る闇』どこまで読んだ?」不意に親父は質問する。 「主人公がベトナム戦争に参加するためにアメリカチームの訓練を受けるところまで。」 「そうか。結構読んだな。難しい本だろ。」 「うん。文章が昔の書き方のせいか読み難いな。あとベトナム戦争自体をよく知らないから。」 「ベトナム戦争か。かつて月面到着をめぐって競争したように、アメリカとロシアの戦いだな。」  親父がそう言った後、月詠はよくわからないという表情をした。 「ああ、月面到着の話は鉄羅としたんだった。月詠、ベトナム戦争が起こった理由を知っている?」 「ううん。本に書いているんだろうけど、あまりわかってないの。」  俺もよくわかっていない。聞きたいので親父の次の言葉を期待した。
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