第3章:ルナティックな僕ら

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 数日後、なぜ彼女が外見のわかりやすい変化を遂げたかがわかった。  兄の俺でも魅力的だと感じる容姿を持つ月詠には遅かれ早かれ起こりうる事なのだろうが、心の準備ができておらずショックは大きかった。  我が家に彼女のボーイフレンドが訪れたのだ。    月詠より2歳上の地元の進学校の高1のスカした男だ。近所の男子は強い日差しのせいか髪が茶色く焼けてしまうが、ヤツの髪の色は真っ黒だった。    月詠が髪を染めたのは彼の影響だ。月の光に照らされキラキラ光る美しい髪を奪った彼への怒りがメラメラとこみ上げる。  俺は頭を冷やそうと秋風が気持ちいいベランダに出ると窓が開いている隣の彼女の部屋から『Fly me to the moon』と2人の会話が聞こえてくる。  いけないとわかっていながら彼らの会話に聞き耳を立てる。 「この曲は元々は『In other words』というタイトルだったんだ。それを聞いた時俺は感動したね。」 「へえ。どうして?」 「今の日本では恋人に『愛してる。』って言うのは普通のことだけど、昔はそういう文化じゃなかったんだ。例えば、夏目漱石は彼の弟子が英語の『I love you.』を『愛しています。』と訳した時『今夜は月が綺麗ですね。』と変更したくらいだったんだよ。」 「そうなの?素敵!愛と月がリンクするんだ。」 「この歌も『私を月に連れて行って』でスタートするんだけど、途中で『In other words』つまり日本語訳で『言い換えると、抱きしめて、愛している、裏切らないで』って、後から本音を伝えているだろ。アメリカも昔はストレートに想いを伝えず月に想いを託していたんだなあって感慨深くなったんだ。」 「確かにそうだね。そういえば、私の名前の漢字はこの歌が由来なんだよ。」 「やっぱり!この曲を最初に聞いた時に、俺は真っ先に月詠を思ったんだ。」  そして一瞬沈黙になった。おい、まさかキスしているんじゃねーだろうな!と俺のイライラは頂点に達しベランダの手すりを思わず蹴ってしまった。  隣の部屋からの謎の物音で家にいるのは気まずくなったのか彼らは家を出て砂浜に散歩に出かけた。    日が暮れて外が暗くなると彼女が心配になり俺は再びベランダに出て秋の空を見上げた。    空には見事な赤い月が見える。  年に数回しか見れない通常の月の5倍の大きさはある貴重な赤く見える月だが、その面積にもかかわらず、ちっとも周りを明るくしない。  中央は燃える石炭のようなオレンジ色の光を放つが周りはドス黒くなっている姿を見て、宇宙は金属の焼けた匂いがするという説を思い出した。  普段焼けないものが焼けるくらいのギラギラした熱。これは今の俺の嫉妬心を表しているんじゃないだろうか。
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